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み空  作者:
8/10

08

 ぎっと音を立てて開けた扉の先は、ひどく騒然としていた。


「なんだ、騒がしいな」

「ジュード!」


 ぐるりと見渡して首をかしげたジュードに、冒険者たちに指示を出していた主人が目を見開く。落ち着かない冒険者たちをかき分けて険しい顔をした。


「はざまの森に黒龍が出たらしい。依頼で森にいた冒険者が襲われた。それを助けに、ルカが」


 ぴくりとジュードの眉が動いた。

 ざわめきを作り上げていた冒険者たちの視線が、一斉にジュードへと集まる。

 彼らはジュードが勇者とともに旅をしたことも、魔王を倒したことも、稀にみるほどの魔力を有していることも知っている。勇者ルカとともに、魔導士ジュードの名も大陸中に広まったのだから。

 この緊迫した状況にジュードが現れた。それだけのことだが、間違いなく室内のざわめきは大きくなっている。


「数は?」

「黒龍は一匹でした。俺の、仲間が、あと三人……ルカさんがひとりで」


 椅子で手当てを受けていた冒険者が、真っ青な顔で唇をかんだ。黒龍が相手にしては怪我の程度が軽い。助けを呼ぶように離脱したのだとジュードは察する。

 ロッドの修理はすんだばかり。道具は最低限そろっていて、魔力の消費は転位魔法を一回だけ。


「ルカが出てからどれくらい経った」


 ジュードは自分の装備を確認する手を止めないで情報を集める。


「まだ十分も経っていないかと」

「回復薬と魔法薬をありったけ持って、すっとんでいった」


 ルカの魔力ならば、体力が全快する強い治癒魔法は三回までが限度だ。消耗した魔力を完全回復するためには、魔法薬をふたつ使う。

 攻撃を避けながら魔法を使って、魔力の回復もする。まして相手は黒龍。ひとりですべてこなすとなると、かなりの労力が必要になる。

 ジュードはゆっくりと息を吐く。


「マスター、上級冒険者を集めて追うようにしてくれ。ルカがどれだけ持つかもわからない」


 ジュードが間に合ったとしても、ふたりで黒龍を倒すことは難しいだろう。ルカの状態にもよる。

 どちらにせよ、黒龍を倒すためには手練れた冒険者たちに頼るほかない。

 魔力を宿した指をはじいて、思いつく仲間たちに集合をかけた。じきにここに集まり、事情を知れば後続として追ってくるだろう。だからジュードは、ルカが最悪の事態に陥らないようにすればよいだけ。それだけを考える。


「ジュード、頼む。ルカは、死ぬ気だ」


 低く、うなるように言う主人にジュードは唇の端を引き上げた。


「とんだ英雄譚だな」


 さぞかし、吟遊詩人がうつくしい歌に仕上げることだろう。

 世界を救った勇者が、人を助けるためにたったひとりで脅威に挑む。その身を犠牲にして人々を救った、なんて彼らにしてみればこの上ない題材じゃないか。

 皮肉に染まった笑みを返すと、悲壮な顔で主人が首を振る。わかっている。時間がない。

 ジュードは固唾をのんでたたずんでいる冒険者たちを見渡した。誰もが、血の気が引いた、けれども真剣なまなざしを向けている。そこに迷いと決意が入り乱れていることも、ジュードは当然だとうなずいた。


「町のやつらにも報せて、逃げたいやつは逃げろ。生き延びるための逃亡は復興の一歩でもある。恥じるな。……だが、手を貸す気があるなら、頼む。いくら力があっても、俺もルカもしょせんはただの人だ。死ぬときは死ぬ。強い相手は、数と知恵で凌ぐしかない」


 手のひらで風の精霊が方向を示した。行ける。土壇場での手ごたえに、ジュードは唇を噛みしめる。今のルカには、身を隠す余裕もないわけだ。

 ジュードは舌打ちをする。あせる気持ちを叱咤した。

 あせってもいいことなんて少しもないことを、身をもって知っていた。緊迫した状況だからこそ、冷静な判断が必要だ。そう言い聞かせ、大きく息を吐く。


「やれるだけやる。マスター、頼むぞ」


 主人がうなずくことを見もしないで、ジュードは力任せに地面を蹴飛ばした。






 黒龍の足の爪から、ルカの金髪がのぞいている。

 ジュードは地に足をつけたとたんに、状況を把握せざるを得なかった。黒龍の大きな口から闇の業火が吐き出されるより早く、水魔法で流水の壁を作り上げる。

 炎が水の上をすべった。ぐったりと倒れたルカに、その業火はとどかない。なんとか、間に合った、のか。

 手ごたえにジュードの瞳が鋭くなった。

 水壁が消える前に最上級の治癒魔法を投げつけると、黒龍は飛び上がって後ろへとさがる。耳をつんざく割れた悲鳴が地を揺らした。

 ルカのおかげで相手は弱まりつつあるようだ。そこにジュードの魔法が浴びせられ、一気にその効果が身をむしばむ。


「くそったれがっ!」


 ジュードはそこを逃さなかった。ロッドに宿して魔力を増幅させると、水と光の魔法を融合して最上級の治癒魔法をぶつける。ビキビキビキと音を立てて、黒い鱗にひびがはいっていくのは、相手が弱った証拠だった。ここからは、すべての攻撃が効くはず。

 黒龍の動きを封じるために風の渦で囲って、ようやくルカのもとへ駆けた。

 赤い血だまりができている。肩と腕、あとは腹のあたりにまで不自然なゆがみがあって、ジュードは苛立ちに舌打ちする。思った以上にひどい。

 岩の間に倒れているルカ。そのわきに膝をつくと、いくつかの気配がこちらに転位してくるのがわかった。間をおかず、マシューが姿を現す。ざっと地面を踏み鳴らし、その勢いのまま黒龍へと地を蹴って突撃していく。


「ジュード、ルカは!?」


 黒龍に剣を叩きつけ、マシューが大声でたずねた。ジュードは治癒魔法をほどこし、その効果が薄いことにまた舌打ちをする。魔法は万能ではない。こういうときに、そう思い知らされる。


「息はある。あとは、任せるぞ」

「おう!」


 弓を放ったエルフに、槍を繰り出す獣人。魔法を演唱する神官と魔導士。

 こちらへ向かう気配はまだ続く。

 彼らの顔を見る前に、ジュードはルカの体を抱き上げた。息はあるが、それも時間の問題。黒龍の叫びを背に、ジュードは素早く地を蹴った。






 一気に飛んで森から診療所に風景がかわると、医者と、腕を吊っている患者が唖然とジュードを見上げていた。


「悪いが場所を貸してくれ」


 医者はジュードたちのことをよく知っている。駆け出しの冒険者だったころから、世話になっていた。

 彼は突然現れたジュードに驚きの声を上げたが、すぐに血だらけのルカを見て時間がないことを察した。隣部屋の寝台を素早く整えた医者にうなずき、ジュードはルカの体を横たえる。


「ジュード、黒龍か」

「ひとりで向かった馬鹿がいただけだ。今はもう、マシューたちが束になってかかっているから心配はいらない」


 言いながら、ジュードはルカの衣類にナイフを入れる。ビーッと豪快に引き裂いて、血と泥に汚れた体をさらけだした。どぷりと血があふれ、寝台を汚す。

 医者が止血と固定を手早く始めた。事情も説明もあとでいくらでもできる。一刻を争うこの状態で、医者の判断には感謝しかない。

 ギルドでの騒ぎは、この診療所にも伝わっているのだろう。医者は怪我人の受け入れをするつもりだったらしく、寝台や治療に使う道具をひととおり整えてくれていた。

 手当はまかせ、ジュードは魔法の演唱に専念する。


 もしルカだったら、心配そうに集まっている精霊たちの顔が見れたのだろうか。演唱に対して魔法が発現するのが、いつも以上に抵抗がない。彼らがすぐそばにいて、力を貸すことに好意的な証拠である。

 それに反して効果が薄いということは、ルカの生命反応が微弱だからだ。肩と腰骨は砕けていて、内臓が破裂している。出血も多い。

 臓器のつなぎ合わせと血液の補充を第一に、ジュードはルカの体を癒やしていく。あとは、ルカの体力にかけるしかなかった。






 黒龍はマシューたちがとどめをさした。もう攻撃も魔法もすべて使える状態だったため、大きな怪我もなく散らすことができたそうだ。

 初めに黒龍と遭遇した冒険者たちも、治療を受けてすっかり元気になっている。

 脅威は去った。

 それなのに、街の人々は浮かない顔をしている。


 ジュードはガーゼに覆われたルカの横顔を見つめた。体はぼろぼろだった。黒龍の爪にえぐられた脇腹からは内臓が飛び出ていたし、肩と腰の骨が砕けている有様だ。

 魔法ですべてをつなぎ合わせて、皮膚を再生させた。なんとか、修復したけれど。

 ルカの体には相当の負担がかかっている。高熱にうなされてふた晩。まだ油断は許されない状態の勇者。

 人々は、勇者の目覚めを待った。

 祈りながら、静かに待った。


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