04
ジュードは舌打ちをした。
手のひらに魔力をためて精霊に問いかけても、ルカの行方はわからなかった。
魔力が低いとはいえ、精霊に愛されたあの少女は魔法の使いかたを知っている。あとを追われないよう、気配を消す魔法を己にかけているのだろう。
マシューの気持ちもわからなくもないが、今のルカにふたりの結婚を手放しで喜べと言うのは酷だ。家族を奪われた衝撃はかなりのものだったはず。そして旅をしていくうちに、闇に堕ちた精霊を相手にすることになった。精霊が見えるルカには、ジュードたちが思うよりずっとつらかっただろう。闇に堕ちた精霊、今では彼らを魔族と呼ぶが、救う手だてがないかと必死に探していたルカ。
光の精霊の長は、彼女の剣に命を吹き込んだ。それが唯一の魔族を消す方法とされ、それゆえ、魔王を倒す者として世界が彼女を勇者と崇めた。ルカは、勇者になるしかなかった。
結果としてレイチェルに乗り移っていた魔王を浄化し、レイチェルもカイルも、そして世界も助けたルカ。彼女を励まし、笑わせ、頼らせたマシューがいなければ成し得なかっただろうし、そんなマシューの言葉だからこそ、彼女の心を壊すには十分すぎた。
たぶん、好きだっただろうな。
ジュードは、ルカの笑顔を思い浮かべる。頬を薔薇色にしたあの顔。
思いつめた、悲壮な表情ばかりだったルカが初めて笑ったとき、ジュードはマシューと手を叩きあった。あのとき、三人はみんな笑顔だった。
突然ひとりになってしまった、世界を知らない少女。泣きながら必死に剣を振るって、否応なしに冒険者として世界を歩き、守護の村を探し回った。そんな彼女に旅というものを教え、支えとなったマシュー。
だからこそ、ジュードはふつふつと湧く怒りを、ため息をこぼしてやりすごす。
マシューはよくも悪くもまっすぐだ。大事な妹のレイチェル、大事なルカ、そのふたりが互いに笑いあう姿を望んだのだろう。だから、率直な言葉でルカに伝えた。ルカとレイチェルが、自分と同じ気持ちであると疑いもしないで。
ルカもレイチェルも、仲良くなりたいとは思っているだろう。けれども、互いに複雑な心境でもある。そこには周りが触れないほうがよい。ジュードはそう思っていた。そして迂闊だったとも思う。
マシューにきちんと釘を刺していたら、ルカが逃げ出すことはかなったはずだ。……いや、それとも、遅かれ早かれ追い詰められてこうなってしまっただろうか。
ジュードはルカたちの村から王都へ飛んでいた。ルカの魔力で移動できる場所にあり、情報も集めやすいからだ。
ギルドの主人や酒場の主人、そして顔見知りの冒険者たちに声をかけたが、ルカを見たものはおらず、王都には来ていないとわかる。見かけたら教えてくれと言うジュードに、そろいもそろって逃げられたのかと笑った。状況としては合っているところに腹が立つ。
白い絹糸が幾千も降りそそいでいるような、静かな雨の日。
大陸の町をあらかた周ったジュードは、王都へと舞い降りた。自分を包んだ魔力が消えたのを感じて、そのまま門をくぐり雑踏にまぎれる。やさしくまとわりつく雨を避けるため、人々はみんな早足だった。
ジュードも石畳の水溜りをよけながら、目的の扉を迷わず開ける。重たい扉は古く、木目に土ぼこりが入り込み、取っ手のメッキはほとんど剥げて鋼が艶をみせていた。
「マスター、ルカはどの依頼を受けている」
冒険者ギルドへ来て早々、開口一番に尋ねたジュードに主人は大きなため息をついた。白髪まじりの太い眉をむっと寄せる。
「他人の依頼内容は教えられねーな」
目をそらして言う主人を、じっとながめてジュードは鼻を鳴らす。
「ふん、じゃあここでの依頼を受けているのか」
「……おい、ジュード。質の悪い聞きかたをするなよ」
「こんなものはかわいいものだろう」
彼に問うのは何度目になるかもわからない。主人であるため、規則をやぶるわけにもいかないことはわかっている。けれども、それでも口を滑らせるくらいのことはさせてもらいたい。
ジュードがルカを追って村を出てから、すでにふた月経っている。まさか、こんなにルカを捕まえることができないとは思わなかった。
聞こえるのは、冒険者たちの噂だけ。
無事でいることに安堵し、それと同時に意図的に避けられていると確信して複雑になる。マシューだけでなく、自分のことまで徹底的に避けている。マシューとふたりで旅をしていると思っているのだから当然といえば当然だが、顔を見ることさえも許されないとは。
マシューには何度か会っているが、ルカを気にする様子に探すなと釘を刺すだけのことはしている。元気なのかと問われても、ジュードだって会えていないのだから苦虫を噛むしかない。
他の仲間たちも大陸各地にちらばっているため、彼らからいつどこでルカと会ったのか情報を集めて回った。それだけしか、ルカの姿を捕えられなかった。
どうやら、ひとりでこなせる依頼を受けて、ふらふらしているらしい。変わった様子はなかった。ただ、ひとりでいるだけで。
ルカの旅が始まったとき、ジュードとマシューが一緒だった。それを他の仲間たちも知っているからルカがひとりでいることが不思議なのだろう。
なにかの依頼なのかと問われた回数は片手では収まらない。それがまた忌々しい。一緒にいるのが当然のはずだと誰だって、それこそジュードだって思っていることだ。
どこにいってもルカの面影しか探ることができず、いつの間にかこれだけの力をつけていた彼女に感心する。けれども、それが不憫だとも思う。本来ならば旅に慣れることも、これだけの力をつけることも必要なかっただろうに。のどかなあの村で、神殿に身をささげながら穏やかな日々を送っているはずだった、ルカ。
舌打ちをしたジュードは、あっさりと踵を返す。
「ジュード、伝言くらいは受けるぞ」
背中に投げられた声に、ますますイラつく。けれども、主人はこれっぽっちも悪くないと言い聞かせ、ため息を吐き出した。
「……いい。下手なこと言って消えられても困る」
思いのほか力のない声が出て、自分でもおどろく。主人ががしがしと白髪まじりの頭をまぜて、眉をさげたのが見えなくてもわかった。
「なにがあったか知らねーけど、うまくいかねえもんだなあ。まあ、勇者も休憩したって罰はあたらねーし、稀代の魔法使いだってそうさ。ゆっくりしろよ」
「ああ」
うなずいて扉に手をかける。この町にいるのなら、ギルドや宿屋にはりこめばルカを捕まえることはできるだろう。けれども、徹底的に逃げている相手に、それをしてよいか迷う。
自分がルカと会うことで、追い打ちをかけることになる可能性もある。どうすることが最善なのか、ジュードは決めかねる。らしくもなく迷う自分に、苛立ちのこもったため息がこぼれた。
しかし、それでも立ち止まるわけにはいかない。
ぐっと力を込めて開けた扉から、ジュードは糸の雨に飛び込んだ。