第096話 旧ファラン教会
着いた場所はギルが元いた場所、ファラン教会だった。
「何故ここに……?」
ギルは瞳を揺らしながら目の前の建物を見上げる。
ファランの町はしんと静まり返り、月明かりで見えるファラン教会はなんとも神秘的でレイは息を飲んだ。その静けさを打ち破ったのはハーネイスだった。
「ギル、森の奥の旧ファラン教会まで私を案内せよ」
「旧ファラン教会……」
ギルは目を見開き、体を震わせる。
「早くせぬか!」
ハーネイスは苛立ちを露にした。
旧ファラン教会について何も知らないレイは、ギルの様子からしてあまり良くない場所のような気がした。
「お、恐れながらハーネイス様。旧ファラン教会は危険地帯に指定されており、あの辺り一帯は立ち入り禁止になっております。あのようなところへは行ってはなりません。危険でございます」
「危険は承知だ。そのためにお前たちがいるのであろう。口答えせずに案内せよ!」
レイには興味があった。ハーネイスがそうまでして行きたい場所。そこにはいったい何があるのか。もしも、王女殺害を目論む証拠が見つかればハーネイスは終わりだ。
「ギル」
レイは、ギルに案内するようにと目で合図を送った。
「……こちらです」
ギルは観念し、ランタンを手に先に進んだ。教会の裏側にある森の中へ入って行くと、少しずつ霧が濃くなっていく。目の前が真っ白になり自分がどちらの方向へ向いているのさえわからなくなってしまった。
持ってきていたコンパスを見ると、くるくると回り方向が定まらない。
「ハーネイス様。これでは前に進むことができません」
前にいたギルが後ろに声をかけた。
「この霧は旧ファラン教会を隠すためにかけられた魔法によるものでしょう。少しお待ち下さい」
レイにとってハーネイスの思惑を知る必要がある。そのため、レイは隠していた魔法を使うことにした。前に手をかざし、ゆっくりと移動させると暖かな風が吹き始める。
「これは?」
ハーネイスとギルは動揺し、きょろきょろと辺りを見渡す。そうしている間にみるみる内に霧が晴れていった。ハーネイスは驚くとともに笑いだした。
「シリル、お前はとても良いものを持っているではないか。まさかお前まで魔法が使えるとは! 私は良いものを手に入れたようだ。ギルといい、二人の魔法使いが私のものとは嬉しいねぇ」
ハーネイスは満足そうに微笑んだ。
ギルも驚いてはいたがこれまでのことについて納得がいった。
魔法の使い方などいつも的確に教えてくれていたこと。そして、先程馬車の中で話していたように、シリルは利用されないために隠していたのだろう。
――――信頼のおける人の側に仕える。
隠していたということは、シリルにとってハーネイスがそうだとは思っていないということ。
では何故ここにいるのか?
他にもシリルには秘密があるような気がする……。
霧が晴れたことで、道が拓けた。
コンパスも正常に動きだし、方角を頼りに歩を進める。
秋も深まり寒さを感じる時期ではあったが、進むにつれて更にひんやりとした空気が前から流れてきた。森の中だというのに生き物の声ですら聞こえてこない。この無音の空間に、ギルは背筋がぞくぞくするような寒気に襲われた。
闇に引きずり込まれるような感覚。
まるで奥へと導いているみたいだった。
出来ることなら今すぐ引き返したい。
ギルの五感が危険だと伝えてきていた。
「やはり引き返しましょう。危険な感じがします」
「怯えるでない。危険なのは当然だ。お前は黙って進むのだ」
一体何があるのか?
ギルは仕方なく、また一歩一歩湿った土を踏みしめた。
灯りといえばランタンだけである。足元くらいしか見えず、ひたすら下だけを見て歩き続けてた。
すると急に空気の流れを感じなくなった。
思わず立ち止まり前を見ると真正面に大きく古びた教会がそびえ立っていた。
その瞬間、全身に鳥肌がたった。
なんという禍々しい気配。
さすがのハーネイスも一瞬怖じ気づいたように、一歩後ろに下がる。
「ハーネイス様、やはり――――」
「ご苦労であった。お前たちの功績は後に素晴らしいものに変わるであろう。では、参るぞ」
ハーネイスは背筋を伸ばし何事もないかのように振る舞った。
ドレスを翻し、一人教会の中へと入っていく。
ギルはレイに訴えるかのように嫌そうな顔を見せるが、レイは真剣な表情で頷いた。
行くしかなさそうだ。
もっと嫌そうな顔をしてレイの後に続いた。