第094話 ジェルミア王子の過去
「僕の話を聞いたら不安になっちゃうかもだけど……。ああ、ずっと立たせてしまっていたね。そこに座って」
「……はい、失礼します」
アランはジェルミア王子に勧められるまま、向かい側のソファーに腰を下ろす。
「デールにはね、僕の居場所なんてないんだよ。何でか知っているかい?」
「……いえ」
「そうだろうねぇ。陛下は隠していたから……僕が使用人の子供だってことを」
――――ジェルミア王子の産みの親は使用人である。
その為、王族としての政治特権は一切貰えず、バルダス国王やティス王妃からは存在がないものと扱われていた。
ジェルミア王子はその風当たりを受けながらも、認められるよう必死に努力をした。
しかし状況が良くなることはない。
「俺はいったい何のためにこの世にいるのだろう……」
ジェルミア王子は自暴自棄になり、十五の年には手当たり次第女を抱いた。
使用人や貴族、町人、既婚であろうが関係ない。
この腕に抱けば、悦びに震える女達。
求められ、悦ばせることにジェルミア王子は居場所を見つけた。
「ジェルミアよ。そんなに女が好きならアトラスの王女を手に入れてみせよ。少しは国の役に立つのだ」
バルダス国王が放った言葉だ。
さんざん無視しておきながら、少しは国の役に立て?
ジェルミア王子は腹を立てた。
しかし王女と結婚すれば、この国を出ることができる。また、バルダス国王に一矢報いることも出来るのではないかと考えた。
あいつを見返し、権威を振るってやろう。
エリー王女は今までの女性とは違い、簡単に落ちなかった。
アトラス城に一ヶ月ほど滞在し、チャンスを伺う。暇な時間はエリー王女を観察した。
毎日毎日代わり映えのない男達と会い、興味もないのに笑顔で取り繕う。
自分と同じように死んだように生きるエリー王女。
そんな彼女に親近感を覚え、興味を持った。
自分なら満足させる。
頬を赤く染め、悦び啼く姿はきっと美しいだろう。
いや、そうじゃない……。
笑顔を見たい。
心を閉ざした彼女をこの手で開きたい。
自分の胸の中が居場所であると感じて欲しい。
そんな風に心が揺さぶられた――――。
ジェルミア王子は一度国に帰り、女との関係を全て清算した。エリー王女と本気で向き合うためだ。
「嫌っ! ジェルミア様の妾としてで良いですから、側に置いてください!」
侍女が胸に飛び付き食い下がる。
「ごめんね。国のためなんだ、分かってほしい」
「……でしたら……最後に抱いてください」
ジェルミア王子がそれを頑なに拒むと、彼女はジェルミア王子の産みの親の秘密を条件に出してきた。彼女の母親とジェルミア王子の母親は仲のいい友人だったと聞いている。きっと何か知っているのだと思ったジェルミア王子は、彼女を抱いた。
知らされた事実は、母親の死は事故ではなく自殺であること。
原因はティス王妃から人間の尊厳を失うような扱いをずっと強いられていたというものだった――――。
◇
向かい合うアランは眉間に皺を寄せた。
「ああ、別に同情してもらおうってことじゃないんだよ。自分の愚かさに気がついたのさ。母がそんなことに合っていることは知らず、自分のことばかり考えていた自分にね。見返す。なんて自分の目的のために近付いた僕に、そりゃあエリー様も振り向かないよね。もっと自分の在り方を考えるべきだと思ったんだ」
ジェルミア王子は自嘲する。
「だけどリアム国王との恋仲説を聞き、いてもたってもいられなかった。嫉妬……というものだろうね。とにかく会いたかったし、真実なのか知りたかったのさ。そして気が付いたらアトラスまで来ていた……」
苦笑いをこぼすジェルミア王子の顔はどこか悲しそうに見えた。
「彼のことを聞いたときはショックだったし、正直言うと脅そうかとも思ったよ。だけど、自分のことだけを考えるのはやめたんだ。大分葛藤はしたけど……ね。でも、どんな形でもいい。必要とされ、役に立ちたい。そうすれば自分が変われるような気がしたのさ。もちろん、さっき言ったように期待もあるんだよ?」
「ジェルミア様……」
ジェルミア王子の飄々としている姿は、彼なりの防御なのだとアランは思った。今、こんな話をしているにも関わらず彼は何て事はないと言うような笑顔を作る。
「エリー様は恋をして変わられた。もう心は死んでおらず、真っ直ぐ前を向いている。保険要員の僕だけど、自分の在り方を考えなくちゃね。支えるにしても勉強不足だ」
話に嘘は感じられなかった。
ジェルミア様は変わろうと試行錯誤しているのだ。
「話してくださいましてありがとうございます。勉強……それでしたら現在エリー様は王宮専属教師から特別教育を受けておられます。もしよろしければ、エリー様と授業をお受けしてみますか?」
アランはついそんなことを言ってしまった。ジェルミア王子は少し驚いた表情を見せ、ありがとうと微笑んだ。
それから約一ヶ月もの間、エリー王女とジェルミア王子は一緒に勉学に励んできた。同じ時間を共有したからか、二人の距離は急速に縮まった。
アランはエリー王女とレイがこのまま上手くいくとは思ってはいない。いつか終わりはくる。いや、終らせなければいけない。だからこそ、ジェルミア王子を推すべきであると考えていた。
このままエリー王女が心変わりをしてくれることが一番なのだ。
そう願いながらも心は複雑な想いが溢れていた。




