第090話 導き
炎が揺らめく篝火。赤く灯された舞台の上を、演舞のように華麗に舞うレイの動きはギルの目を奪っていた。
まるで、閉ざされた世界に舞い降りた翼の生えた天使。
「光の加護……未来への導き……」
思わず天を仰ぎ、瞳を閉じる。
聖職者であるギルは光の神へ祈りを捧げた。
「彼に多くの光をお与えください……」
その時、また大きな歓声が上がった。
舞台に視線を戻すと、三人目の傭兵が剣を突き付けられ、両手を上げている所が見える。
レイは早くも三人の傭兵との戦闘を終えた。
「ハーネイス様にまた同じようなものをお見せしても退屈かと思われます。故、残りの二人は同時に剣を交えたいのですが」
レイは声を張り上げ、壇上にいるハーネイスに呼び掛けた。
「くっくっく。その自信、気に入った。存分に私を楽しませよ」
レイからの提案はハーネイスと観客を大いに喜ばせた。
「シリル! 二人を相手になんて危険すぎる!」
ギルの呼び掛けにレイはにこりと笑顔を返す。
「大丈夫、見ていて。一緒に前へ進もう」
「前へ……」
レイの言葉はギルの胸にすっと入り込んだ。
シリルとなら前へ進める。
そんな風に思えた。
しかし、迎え撃つ二人の男。先ほど倒した男たちよりも格上。
相手は今までのレイの動きを見て、強さは分かっているようで、慎重に身構えている。
「シリル……」
ギルは顔を曇らせ見守った。出来るのは祈りを捧げることだけ。
対するレイはあまり心配はしていなかった。今まで何人もの敵と同時に戦ってきた経験がある。それにレイは風の魔法を得意としていた。風は見えにくい。魔法を使っていることを相手に知らせることなく使うことが出来る。相手の動きを鈍らせたり、自分の動きを早めることも容易。剣に魔力を込めることで威力を高めることも可能だった。
二人の男が左右から同時に攻撃を開始する。レイは低い姿勢から剣を振り上げ右の男の剣を弾き、そのまま振り返り剣を振り下ろす。ガキンと高い音が鳴り響き、男の顔が歪む。
「ごめんね。今回は時間はかけないよ」
レイはにこりと微笑むと男の腹を蹴り距離をとる。今度は後ろから襲い掛かってきた攻撃を体でかわし、体勢が崩れた男の背中を柄で強打した。押しつぶされた男はそのまま腹を地につける。レイは倒れた男の剣を足で蹴り飛ばし、戦闘不能にさせた。
「くそおっ!!」
すぐさま先ほど蹴られた男が捨て身で突進してくる。
何度か力強い攻撃を加えて相手の握力を奪い、剣を弾き飛ばした。飛び出した剣は倒れていた男のすぐ側に刺さると、男は手を上げた。
「もう分かった。降参する」
レイは一瞬で勝利を収めた。
静まり返った会場にちょっとやりすぎたかなとレイが不安に思っていると、どっと溢れるように声が上がる。会場内は興奮で上気した。
その結果にハーネイスはとても満足そうな表情を浮かべる。
「素晴らしい。お前を私の専属の護衛と認めよう。今この時より励むといい」
「ありがとうございます」
◇
「シリル、凄いよ。本当に凄かった! あ、待って、今傷を癒すから。着替えも必要だね。こっちにきて」
屋敷内の一室。
レイを椅子に座らせ癒しの魔法をかけた。目立った傷はなかったが、魔法で疲労も回復できる。
「何これ……すごく気持ちいいんだけど……。この魔法……本当に凄い……。他にも使えるの?」
「えっ、この魔法しか使ったことがないんだ。他に何か使えるのかな……? 教えてくれる人がいなかったからよくわからないんだ……」
「そっか、じゃあ訓練しなきゃだね」
「え、訓練?」
ギルが驚いた声を上げるとレイは振り返り、にこにこと笑顔を振りまいた。
「うん。実はハーネイス様にもう一つ条件を出していたんだ」
「条件?」
椅子から立ち上がり、レイは真っ直ぐと見据えた。
「今回、護衛になることを願い出た際、ギルを補佐に付けてもらうようにしたんだ」
「……俺が護衛? 無理無理無理! 戦い方を知らないし、人を傷つけることは……」
「うん、ギルは戦わなくていいよ。ギルは今みたいに俺を助けてくれるだけでいい。ずっとここで籠っているよりは良くない? 外に出ることで何かを得ることが出来るかもしれない。俺はギルも守るつもりでいる」
―――― 一緒に前へ進もう。
ギルは先ほど言われた言葉と、舞台の上にいたレイが光の神からの使いに見えたことを思い出した。
「……これは神からのお導き……かもしれない……。わかった。役に立てるかわからないけど……」
「よかった! これから宜しくね! 俺たちはいいパートナーになると思うよ」
ギルにはレイの笑顔が本当に輝いて見えた。
◇
かなり目立ったことにはなってしまったが、レイは当初の予定通りハーネイスの護衛になることが出来た。常に側に居られる立場であれば、怪しい動きも直ぐに察知出来る。
使用人の服に着替えたレイはギルと共に早速ハーネイスの護衛についた。
「ハーネイス様、とても良い護衛を手に入れて羨ましいですわ」
「使えるかどうかはこれからです。強いだけでは成り立ちませんから」
「ですが側に置いておくだけの価値はありますもの」
ハーネイスの後ろに仕えたレイとギルをじっとりと見つめる女性の視線に、ぞくりと背中が震えた。
「ああ、この者たちはとりあえずそっちに使うことはない」
「あら残念。ハーネイス様が飽きるのを待ちますわ」
エリー王女殺害未遂の事件に関する情報はなかったが、使用人を男娼にしていることが分かった。だから洗脳する必要があったのだ。華やかで甘美な遊びの場を提供することで寄付金が集まり、財を増やしているのだろう。こんなに大々的に行われているのにアトラス城内では把握していなかった。もしかしたら大々的だからこそ、気が付かなかったのかもしれない。
明け方まで続くパーティーの間、レイはハーネイスを取り巻く貴族の女性たちの顔を覚えた。名だたる貴族の奥方までいることに頭を抱えたい気持ちだ。こうやって彼女達の弱みや有力者達の情報を得ているのだろう。
ハーネイスが事件に絡んでいなかったとしても、ここにいれば何か分かる可能性が大きい。
レイは身を引き締め、注意深く周りを探った。