第076話 壊れた歯車
セロードの私室に呼ばれたレイは今、執務机の前に立たされている。
「……お前の処遇が決まった」
レイはセロードから手渡された文書を受け取った。それには重要な書類であるという意味を持つ、国の印が施されている。
「これは?」
「機密文書だ。お前にはこれをリアム陛下に渡す任務を与える。そこから先の指示はリアム陛下から受けなさい」
「リアム陛下に……?」
「ローンズ城内に入る際はレイであることを隠しなさい。また、本日出国するローンズの騎士達にも見つからないよう遂行するように」
エリー王女の暗殺者を見つけるための許可を願い出たのに、機密文書の配達という任を得たレイは動揺した。
「待って……俺、もうここには戻ってこられないんですか?」
「……どうしてそう思う?」
「それは……」
レイは言い淀む。
「記憶が戻っているのか?」
セロードの目がキラリと光った気がした。
「いえ……。ですが、あることに気がついてしまいました……」
様々な点を繋ぎ合わせ、レイは自分の過去についての見解を述べる。
その答えにセロードは眉間にしわを寄せた。
「アランは?」
「知りません。巻き込んではいけないと思ったので……」
「なのにお前は俺に話すことを決めた。エリー様との関係やお前の過去のことを。何故だ」
「……甘え……かもしれません。全てを知っている親父さんになら正しい判断をしてもらえると思ったから……すみません……」
セロードは瞳を閉じ、大きく息を吐く。その表情はとても険しいものだった。
「分かっています。俺が危険分子だってことは。戦争すら起こしかねない状況だということも……。だからこそ配属先を変更し、遠くから守りたいと考えました。エリー様を狙う者はこの手で捕まえたい。親父さん! この国のために働かせてください!」
「……俺はお前をずっと見てきたつもりだ。これまでよくこの国に貢献してきてくれたと思う……。ただ……」
謝っても謝りきれないことをしたのは分かってはいる。レイはもう一度頭を下げた。
「はい……すみません……ですが、お願いします」
複雑な想いが胸にこみ上げ、視界が滲み出す。
これが最後になるのかもしれない。
椅子を引く音が鳴り、セロードが近づいてきた。
しかしレイは顔を上げることが出来ず、頭を下げたまま目を閉じる。
セロードに肩を叩かれ、やっと顔を上げるとそこには険しい顔をしたセロードがいた。
「俺はお前を信じる。約束は出来ないが最善は尽くすつもりだ」
「あ、ありがとうございます……っ」
◇
誰にも見つからないように近くの隠し通路からドドドン酒場へと向かう。
暗くじめじめとした地下通路を歩いているとエリー王女と初めてこの道を通った時のことを思い出した。
――エリー様。はい。足元暗いし、危ないからどーぞ。
差し出した手をエリー王女は恐る恐る取った。
手から伝わる温もり。
それは、どうにかしてエリー王女の心を開かせたいと思っていた頃の記憶。
怯えていたエリー王女が初めて自分を頼ってくれたあの瞬間の記憶。
自分の手を見つめると、口から乾いた笑いが零れる。
あの時に戻れたら……。
レイは暗い通路の真ん中で立ち止まった。
何度も何度も溢れ出る涙をジャケットで拭う。
「ごめん……エリー……」
レイの言葉はアトラス城奥深くに消えていった。