第066話 仮面の男
次々とレイの周りに人が集まり盛り上がりを見せる中、惜しまれつつレイとマーサは二人で抜け出した。レイは程よい距離を保ちながら歩みを進め、マーサの部屋の前まで送った。
「じゃ、マーサさん。今日はありがとうございました」
マーサの部屋の前で立ち止まったレイは、マーサの頬に唇を落とした。
「こちらこそ……。お、おやすみなさい……」
動揺している様子のマーサを見たレイは自分の手をぎゅっと握る。
「すみません……」
マーサの頬を撫で、小さく呟くと踵を返した。その場から逃げだすように足早に歩き、外へと飛び出す。
恋人になりきれない。
なりきれるわけがないのだ。
かがり火の脇を抜け、薄暗い庭園まで来るとレイは剣を抜いた。
冷たい金属音が胸に響く。
瞳を閉じ、乱れた心に何度も空気を送り込んだ。それでも変わらぬ心に断ち切るように剣を何度も振りかざす。
風を切る音。
乱れた息。
レイは何度も何度も一心不乱に剣を振るい、薄暗い闇に刻み込んだ。
どれくらい時間が経ったのだろう。
額から汗が流れ落ちてくるのを感じながらも拭うこともせずに動き続けた。
「……イ。……レイ? レイ!」
そんな中、突如自分の名前を呼ぶ声が聞こえて動きを止める。肩で息をしながら振り返った。
「アリス……」
そこには赤い髪をしたアリスが顔をしかめて立っていた。
「大丈夫? なんか、ちょっと殺気立ってた……」
「え、そう? 珍しく集中できてたからかな?」
窺うように見られたレイは何でもないように笑ってみせる。
「……まぁいいわ。ね、レイ。過去調べてるんでしょ? それについて今話せる?」
「あ、アランがアリスにお願いしたって言ってたね。手伝ってくれてありがとう。何かわかったの?」
「分かったっていうか……。あ、ちょっと座ろう。疲れたでしょ?」
二人は近くに置いてあったベンチに座った。アリスは隣に座るレイを探るようにまっすぐ見据える。
そして、最後まで聞いて欲しいと前置きをして話し始めた。
――――レイはアトラス王国の人間だと思い込んでいたアリスだったが、アランからローンズ王国の人間を調べてほしいと言われた時、一人の人物が頭を過った。
「……分かった、調べてみるね」
アランにそう伝え別れると、アリスはローンズ王国騎士団隊長のバーミアの元へ急いだ。バーミアの部屋に入るなり、鍵を閉めて詰め寄る。
「おいおい、どうした?」
「ねぇ! 仮面の男ってどこのどいつよ?」
バーミアの机を右手でバンっと叩いた。アリスの気迫に押されてバーミアは体を反らす。隊長と部下との関係ではあるが、二人は親戚同士で軽口を叩けるほど仲が良かった。
「は? 仮面の男って……クーデターを起こす時にいたあの男か? あいつはただの雇われた男だろ?」
「そうよ。凄い魔力の持ち主だった奴よ。雇ったのなら連絡先知ってるんじゃない?」
「ハルさんなら知ってるかもしれないが……どうしてだ?」
確かにリアム国王の側近であるハルならば知ってる可能性は高い。しかし、ハルに直接聞くわけにはいかなかった。何かを探ってることは知られたくない。
「……別に。じゃ、仮面の男っていくつくらいに感じた?」
「ああ……んー。十代くらいに見えたかな……。細かったし、小さかったし。まぁ、多分若いだろうな」
「だよね……。そんなに若くて強いなら今頃名前が売れててもいいのに……」
アリスは一人ぶつぶつと言葉を落としながら部屋の中をうろつく。
「おいおい、いったい何なんだよ」
バーミアは訝しげにアリスを見るが、アリスはそれについて全く気にすることはなかった。
「ねえ! 死んだっていう噂は聞かないわよね?」
「ああ、俺は聞いたことねーけど」
「じゃあ、もう一つ聞くけど、セイン様にお会いしたことある人っているの?」
「公の場には出たことはないからな。陛下やハルさん以外だったら、何人かの使用人達は会ったことあるんじゃねーの?」
「今もここで働いてる?」
「そこまでは知らねーよ」
「……そうね。わかったわ。ありがとう」
アリスはそう言い残しバーミアの部屋を飛び出した。