第059話 二人の理解者
朝食後、アランはエリー王女を部屋に送り届けた。
「エリー様。少しお話がございます」
「はい」
エリー王女がソファーに座り、アランの話を聞こうと見上げた時だった。
扉を叩く音と共にレイとマーサが入ってくる。少しピリピリとした重い空気を感じ、エリー王女は息を飲んだ。
ソファー脇に三人が並ぶと、全員が跪く。
「何事でしょうか」
エリー王女の膝に置いた手に力がこもる。いつもと違う雰囲気に心臓が嫌な音をたてた。
「先日エリー様は、レイが友人として振る舞うことを許可されました。それは、他から見ればより親密な関係と取られ兼ねません。万が一、そう思われてしまった場合何らかの措置が下される可能性があります」
アランの話にエリー王女はすっと青ざめた。レイとの関係が二人に知られてしまったのだろうか。ちらりとレイを見るが頭を垂れて表情がわからない。
「そこでレイとマーサさんには恋人のフリをしていただくことになりました」
「……え?」
思っても見なかった言葉に思考が追い付かず、目をしばたたかせた。
「マーサさんという恋人がいれば、エリー様との関係を疑われる可能性は低くなることでしょう」
「友人になるだけでも危険なのですか? それに二人は……宜しいのですか?」
友人としてお願いした時点でレイを危険に晒していたのだと、初めて気づかされた。今更ながらに自分の立場がどんなものであるのかが分かり、ぞくりと背中に冷たいものが走る。
「異論はございません。エリー様の心が満たされるのであれば我々はどんなことも致します」
「レイ……。ですが、危険であるならば友人として接することも止めた方が良いのでは?」
「いえ、私が魔法薬で女性の姿でいることを条件とし、保険としてマーサさんとの関係を前面に押し出せば問題ないかと思われます」
その意見に納得したものの、自分の我がままがここまで迷惑をかけることだったとは思いもよらなかった。接することを止めた方がいいと自ら言ったものの、ただの王女と側近との関係に戻れるのかと問われれば否と答えてしまうだろう。
「マーサもごめんなさい……」
「いえ、私には想いを寄せる相手もおりませんので、何も大変なことはございません」
いつものように優しく微笑むマーサを見て、嘘をついていることに後ろめたさを感じた。違う。そうじゃないのだ。私はレイを好きなのだと声に出せたらどんなに楽だろう。
「ごめんなさい……」
思わず零れた言葉にマーサは首を振る。
「初めてのことが沢山あって戸惑いも多いことでしょう。そんな時は遠慮なさらず私たちを頼ってくだされば良いのです」
マーサの優しさにエリー王女は唇をぎゅっと結んだ。
◇
「エリー、実はアランは俺たちの関係を知っているんだ」
「え?」
アランとマーサが部屋を出て二人っきりになると、エリー王女とレイはソファーの上で寄り添っていた。手を繋ぎ、二人は見つめ合う。
「それにね、マーサさんも気が付いている。だけど、知らないふりをしてくれるみたい……」
「ああ、マーサ。どうして……。私は叱られるべきことをしているのに」
エリー王女は青ざめた表情で瞳を閉じた。
「わからない……。だけど、二人は俺たちのために協力をしてくれようとしているんだ。アランは今、万が一のことを考えて俺の過去について調べてくれている。マーサさんも俺に火の粉がかからないようにと提案してくれた……。俺は二人を巻き込んじゃったんだ。罪を背負うのは俺だけで良かったのに……」
悲痛な表情を隠すようにレイは顔を片手で覆う。
「レイ……。ごめんなさい……私が悪いのに……」
この関係をすっぱり諦めることが解決策であると分かっているのに、その一言が言えなかった。
エリー王女もまた視線を落とし、黙ってしまう。
「ごめん。さっきも言ったけど、仲良くするのは女でいるときだけにする。こういうことももうしない」
レイはエリー王女の顎を持ち、最後の口付けを交わす。
それは短く優しいものだった。
「……はい」
エリー王女は涙を堪えたが、耐え切れずに顔を覆う。
「ごめん……」
震えるエリー王女の肩をレイはそっと抱き寄せた。ごめんと何度も謝るレイに、エリー王女は首を振る。二人を巻き込み、レイを傷つけた。謝るのは自分であるのに声にならなかった。