第057話 提案
マーサの問いかけにレイは更に顔をしかめた。
「えっと、マーサさん。何を言っているのかわからないです。どういうことですか?」
「そうですね」
マーサが微笑みを返し、レイの胸から手を離す。
たとえ本当にレイが赤い痕を付けたのだとしても、そう簡単に言うわけがないと分かっていた。
「私はエリー様のことを誰よりも存じ上げており、誰よりもエリー様の幸せを願っております」
「……はい」
レイは真意を探るように見つめている。
どう伝えたら、真実を打ち明けてくれるのだろう。そんな風に考えながら、マーサは言葉を選んでいく。
「エリー様にとってレイ様は大切な方です。何かあれば嘆き悲しまれることでしょう。にも拘らず、あのように沢山の証拠を残すとは、いかがなものでしょうか」
「えっと……マーサさん?」
レイはマーサが何を言いたいのかと分からないふりをした。しかし、マーサの言うことは間違ってない。あの時の自分は何もかもがダメだった。
「私はこのまま隠し通せるとは思っておりません。レイ様が思っている以上にレイ様を見ている方が大勢いらっしゃいます。もちろんエリー様もです。もしかしてと思われてしまうだけで危険なのです。お分かりになりますか? お二人の場合は普通に隠すより難しいのです。沢山の目がお二人に向けられております」
「あー、確かにあの魔法薬はまだ認可されていないものですし、王女の友人になるなどおこがましいことかと思いますが――――」
真剣な表情でマーサは首を横に振る。
「そんな生易しいことではございません。レイ様。私はエリー様のために、レイ様をお守りしたいと考えております」
レイを失ってしまえばエリー王女は立っていられなくなるだろう。たとえ法を破ってしまうことになったとしてもエリー王女を守りたかった。
いつかはこの関係に終わりが来る。
それまでは力になろうとマーサは決めていた。
「ですから、私はレイ様を売るようなことは致しません。エリー様のためでしたら私も罪を被りましょう」
「マーサさん……」
とても嘘を付いているようには見えなかったが、レイは真実を伝える気にはなれなかった。黙ったままでいると、マーサが小さく溜め息をつく。
「……分かりました。では、エリー様とレイ様が友人として仲良くしていたとしても、知らない者が見た際、まるで恋人のように見えてしまう可能性が全くないわけではありません。ですよね?」
「あー、まぁ、そうかもしれません」
そこは否定できず、レイは困ったように笑う。
「先ほども申し上げましたが、一人でももしかしてと思われてはいけないのです」
「……マーサさんの言いたいことは分かりました。それで、友人になることを止めるべきだということでしょうか? ですが、やっと元気を取り戻したところで……」
マーサが微笑みを浮かべたため、レイは言葉を続けるのを止めた。
「そこで提案なのですが、レイ様と私がお付き合いしていることにして欲しいのです。私では不釣り合いではありますが、そこはエリー様のために我慢してください。そうすればエリー様と仲良くしていても怪しまれる可能性は低くなると思われます」
「え?」
突拍子もない提案にレイは目を丸くした。
しかし、マーサはいたって真面目だ。
「お二人の関係が全く何もないとしても、いずれはお噂は立つとことでしょう。そうなれば、レイ様は側近から外されてしまう可能性もございます。今のエリー様にはレイ様が必要です。どうか聞き入れていただけないでしょうか」
深く頭を下げるマーサを見て、エリー王女のために考えていることはよく分かった。しかし直ぐに答えを出すわけにはいかない。
「ご提案ありがとうございます。私とエリー様との間には何もありませんが、マーサさんがそう感じてしまったのであれば、他にもそう感じてしまう人が出てくる可能性は大いにありますね……。わかりました。一度、アランと相談させて下さい」
レイが笑顔を作るとマーサは顔を上げて笑みを返した。




