表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/234

第056話 疑惑

「失礼致します」


 マーサは鍵を開けてエリー王女の部屋へ入った。広いリビングを見渡してもエリー王女の姿は見当たらない。


「エリー様?」


 もう眠ってしまったのだろうか。エリー王女の名前を呼びながら右奥にある寝室へと向かった。ベッドを覗き込んでみたがそこにも姿がない。


「何処にいらっしゃるのかしら……」


 手をぎゅっと握りしめ、もう一度リビングに戻る。すると、先ほど見えなかった応接用のソファーからドレスの裾が見えた。


「エリー様!」


 何かあったのではないかと、慌てて傍へ駆け寄る。ソファーにはエリー王女が横たわり瞳を閉じていた。跪き、意識を確認する。


「……良かった」


 ただ寝ているということがわかり、マーサはほっと胸を撫で下ろした。


「エリー様、このような場所で眠ってはお体を壊してしまいますよ」


 何度も声をかけ、ゆすってみたものの全く起きる気配がない。


「困りましたね……」


 誰かにベッドまで運んでもらうしかない。と、その時思い浮かべたのはレイの顔だった。マーサは、僅かに顔をしかめた。


「……いえ、むしろ丁度良いかもしれません」


 マーサはすっと立ち上がり、レイがいる隣の部屋へと向かった。




――――初めて後宮を出た日の夜、花火を見終えたエリー王女はレイと二人で部屋に戻ってきた。その時のエリー王女は、頬を薔薇色に染め、輝く瞳を更に潤ませていた。レイを見送った後は、大きな溜め息を何度も溢していた。


 その姿は、まるで恋をしているかのよう。


 そこからマーサは、注意深くエリー王女に関わる全てのことを調べ始めた。出会う貴族や王族はもちろん、アランやレイのことも。

 そして、エリー王女が好きな相手はレイなのではないかと思うようになった。まさかとは思ったが、そのように見れば見るほど確信に変わっていく。


 報われない恋。


 マーサは、いずれは諦めるだろうとそれについて何も言わなかった。


 しかし日に日にエリー王女の心は(すさ)んでいった。レイを追う瞳は悲しみを帯びている。諦めるどころか思いは募る一方に見えた。

 レイは当然ながら一定の距離を置いている。だからこそエリー王女の心は行き場をなくし、じっと動かなくなってしまったのだろう。


 エリー王女の心を癒すべく、マーサは色々な方法を試みた。けれども、エリー王女の心は奥底に沈んだままだった。


 マーサが途方にくれた時、それを打開したのはレイであった。女性となり、友人となると言ってくれたとエリー王女は嬉しそうにマーサに話した。光を取り戻した久しぶりの笑顔。マーサの胸の中がきゅっと痛んだ。


 エリー王女にとってレイは本当に特別なのだ。

 このままでいいはずはない。


 マーサは日々頭を悩ませた。


 その後もエリー王女とレイの観察を続け、ある日違和感を感じるようになった。それは、襲撃事件が起きた後の二人の様子。僅かではあるが、二人が絡ませる視線が違った。


 そして今朝の出来事。

 前日の深夜レイが訪れているのは分かっている。

 疑惑は深まるばかりだった。


 それはあってはならないこと――――。




 マーサは大きなため息をつき、扉を叩いた。


「あ、マーサさん。どうしたんですか?」


 少し乱れたシャツ姿のレイが出てくる。可愛らしい顔に似合わず鍛えられた体が見えた。見た目からして女性を惹き付ける。


 アラン派とレイ派があるくらい二人は城内で噂の的だった。だからこそ、二人の背後を調べるのは容易であった。二人とも女性関係は浮いた話はなく、男性からの支持も厚い。


 噂で聞く二人には非がなかった。


 さらにレイは、アランと違って分かりやすい優しさを持っていた。レイの太陽のような暖かい笑顔は、寂しさを和らげるだろう。

 レイは女性から見て、理想の男性なのだ。


 だからと言ってエリー王女にとって相応しい相手ではない。


「お寛ぎのところ申し訳ございません。お手伝いをお願いしたいのですが」

「もちろん良いですよ」


 柔らかく笑みを浮かべ快く承諾するレイに礼を述べ、マーサはエリー王女のところへ案内した。


「申し訳ございませんがエリー様をベッドまで運んでいただけますか」

「ああ、エリー様、こんなところで寝てしまわれたのですね。わかりました」


 エリー王女を愛おしそうに見つめ、()()()()く優しく抱きかかえる。寝室のベッドまで運び寝かせると、レイは直ぐにエリー王女から離れた。


「では私はこれで」

「レイ様」


 レイが立ち去ろうとするとマーサが呼び止める。


「お着替えも手伝っていただけないでしょうか」

「え? それはあまり宜しくないような気がしますが……」


 訝しげにレイが顔をしかめると、マーサはレイの前に立った。すっと指を上げ、レイの胸元を指す。


「エリー様のここに赤い跡がございました。そのようなことが出来るのであれば問題ないかと」


 マーサはレイを見上げて微笑んだ。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ