第054話 助言
険しい道を登っていくと水と水がぶつかり合う音が徐々に大きくなってくる。足元の岩も小石程度になり、緑の草も増えてきたかと思うと突然ふわりと花の香りがした。
その匂いに誘われ、エリー王女は顔を上げる。
そこにはピンク、白、水色、黄色といった可愛らしい花が咲き乱れ、奧には大きな音を立てて滝が流れていた。滝の水しぶきによって虹がかかり、水辺は太陽の光を反射してキラキラと輝く。
あまりの美しさにエリー王女は息を呑んだ。
リアム国王は満足そうに微笑むとエリー王女の手を引く。言葉も出ないエリー王女はリアム国王に誘われるまま水辺へと近づいていった。
「苦労して来た甲斐があったか?」
「……はい。ここは物語に出てくる妖精たちの国のようです……。現実じゃないような不思議な場所ですね……」
エリー王女はリアム国王を見上げ、瞳を輝かせた。ふっとリアム国王は笑う。
「ああ、ここは王女が言うように妖精が住んでいると言われている場所なのだ。ここに座って目を閉じ、耳を澄ましてみるといい」
言われた通りに水辺の傍にある倒れた木に腰をかけて目を閉じる。リアム国王も隣に座り、一緒に周りの音に意識を集中させた。
滝音の他に何か小さな鈴のようなシャララララという音が混じっているような気がした。
「……この鈴のような音は?」
「聞こえたか。妖精の話し声と言われているが実際に見たものはいない。だがきっといるんだろうな……」
リアム国王は遠くを見つめ、少し寂しげな表情を見せた。
「……どうかされましたか?」
エリー王女は訊ねると、リアム国王は小さく笑った。
「ああ、いや……。ここは母が好きだった場所で、母が亡くなった後もセインとよく二人で来ていたのだ。……その頃を少し思い出していた」
「そうでしたか……。あの……セイン様とはきっとまた来られると思います!」
時々出てくる二人の思い出話はエリー王女の胸を締め付ける。どれほどメーヴェル王妃とセイン王子を愛していたのだろう。
気休めにしかならないかもしれないが、エリー王女は身を乗り出し力強く訴えた。
「ははは、気を遣わせてしまったな。大丈夫だ。国王になってからはずっと無我夢中で、思い出に浸ることなんてなかった。しかし、この三日間は久しぶりに心穏やかに楽しむことができた。感謝する」
「いえ、私もとても楽しかったです。アトラスでは少し息苦しかったので……」
エリー王女は苦笑いをこぼす。
「ああ、国王選びか……」
「……少しお会いしただけでは何もわかりませんし、皆さん上辺だけなような気がして……」
「そうだな……。それはあながち間違ってはいない」
リアム国王はすっと立ち上がり、水辺まで歩きだした。エリー王女もそれに倣い、後に続く。何かを考えている様子のリアム国王にただ黙って言葉を待った。
「では、王女も政治に参加してみてはどうだろうか。各地を統治している貴族を把握できるし、政治の難しさや自分と同じ志を持つ者が見つかるかもしれない。それに、つまらぬ男どもを相手にするよりかは何十倍も楽しい」
リアム国王がエリー王女を見下ろすと、いたずらっぽく笑う。その表情は少しレイに似ていた。
「え……私が……ですか? 女性でもそのようなことをしても?」
大きく目を見開くエリー王女は、時が止まったかのようにリアム国王をじっと見つめる。
自分が政治に参加するというのはとても面白そうだし、何よりもただ男性とお話をするよりかは国王選びとしては理にかなっていると思えた。
「国王を説得するのもエリー王女次第だと思うが」
「そ、そうですよね! ありがとうございます。お父様に相談してみたいと思います」
喜びと希望でエリー王女は瞳を輝かせるとリアム国王は満足そうに頷く。
「あと、エリー王女が政治に参入することによって、もう一つ利点がある」
「利点?」
ふわりと風が横切り、花びらが舞い、二人の髪を揺らす。エリー王女が顔にかかる髪を耳にかけ首をかしげると、リアム国王はエリー王女の髪についた花びらを拾った。
「もう一つの利点は、エリー王女が女王になるという選択肢が増えることだ」
「え? 私が女王に?」