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第051話 隠し事

 朝方でも夏の暑さは感じられる。マーサはじわりと滲み出る汗をハンカチで抑え、ポケットにしまった。持っている鍵で扉を開け、いつものようにエリー王女を起こしに行く。部屋中のカーテンを開けてから寝室へと向かい、そこのカーテンもゆっくりと開けた。


 顔に明るい日差しがかかり、エリー王女は眩しそうに掛け布を頭にかぶる。


「おはようございます。朝になりましたのでお支度のご準備を」


 マーサは優しく声をかけながらエリー王女に近づくと足元に何か落ちていることに気が付いた。


挿絵(By みてみん)


 それを拾い上げると僅かに顔をしかめる。昨夜着ていたはずのガウンとベビードール……。


「エリー様。リアム陛下をお待たせするわけにはいきませんので、お早めに起きていただきませんと」


 いつもと変わらぬ声色で声をかけながらも、マーサは辺りを見回し他に違和感がないかを探した。ベッドの周りやサイドテーブル。そしてエリー王女。


 少し体が重いのか、エリー王女はいつもより気だるい雰囲気で目をこすり、ゆったりと体を起こしていた。


「おはようございます、マーサ……」


 ふわりと微笑む姿はとても幸せそうで、マーサは少しほっとした。しかし、疑問は払拭されていない。


「一つお伺いいたしますが……何故そのような格好をしていらっしゃるのですか?」


 ベッドの上にいるエリー王女はふくよかな胸を隠すことなくこちらに向けている。何を言っているのだろうとエリー王女は首をかしげていたが、何かに気が付いたように柔らかく笑みを浮かべた。


「……昨夜、すごく暑かったので脱いでしまいました」


 今までどんなに暑くてもこのようなことは一度もなかった。それに部屋は魔法薬で快適な温度なのだ。マーサは不信感を募らせる。


「エリー様、いくら暑くても服を着たままでいてもらわないと困ります。もし何かあったら裸でお逃げになるおつもりですか?」

「そうですよね、次からはいたしません」


 エリー王女は肩をすくんで見せ、ベッドからゆっくりと降りた。内心冷や冷やしながらもエリー王女はいつも通り鏡の前へと歩みを進める。


 体が痛い。


 普段全く使わない筋肉を使ったためか、様々な箇所が痛んだ。目覚めた時、すぐ傍にレイがいなかったことは残念ではあったが、幸せな気持ちはそのまま残っていた。その気持ちと体の痛みは、昨夜のことが鮮明に蘇えらせる。


 レイの熱い瞳。触れ合う肌と肌。


 ぬくもりを思い出し、一気に体が熱くなった。


 レイは身を挺しエリー王女の気持ちに応えてくれたのだ。それは、何よりも偽りの愛ではないことを証明するものだった。レイに愛されていると思うだけで、胸が弾み世界が変わって見える。


「そういえば、レイ様と……」

「え?」


 鏡の前に立つと、マーサが笑顔で話しかける。レイの名前を聞くだけで心臓が飛び出しそうだった。何か知っているのだろうか。


「昨夜、お話されて随分すっきりされたのですね。とても晴れやかなお顔に戻られました」


 思い起こせば昨夜はアランやマーサに酷い態度を取っていた。きっとずっと心配していたに違いない。


「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫で――――」

「あら大変。少し赤くなっているところが!……ほら、あのような格好で眠られたので、ここを虫に刺されたようですよ。今お薬を」


 マーサが指差す胸元を見ると僅かに赤くなっている箇所があった。決して痒くはないその場所から、エリー王女は思わず視線を逸らした。


 気がつかれてしまった?


 知られてしまえば、レイの身に危険が振りかかってしまう。そう思ったら今度は背筋がぞくっと冷えた。


 レイを守らなければならない。

 たとえマーサにだって知られてはいけないのだ。

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