第040話 王家の宝
空が茜色に染まる頃、エリー王女一行は近くの町に到着することが出来た。先に到着していた他の騎士や仕えの者たちを見つけると、エリー王女の瞳は輝きを増す。
「マーサッ!」
本当はマーサに飛びつきたかったが、皆の目を気にしてエリー王女は手を握り締めるだけで我慢した。優しく微笑むマーサの瞳にも涙が浮かんでいる。
「エリー様、ご無事で何よりでございます」
「はい、マーサも……。そして皆もよく無事でいてくれました」
エリー王女は全員に向かって労いの言葉をかける。本当に無事でよかった。皆の笑顔を見たら、涙が零れた。
◇
ローンズ城下ではエリー王女を一目見ようと多くの人たちが迎えた。
華やかに彩られた沿道をエリー王女は馬車の中から見つめた。アトラス王国とは違う石造りの町並みに藍色の旗が各所ではためいている。少し前まで荒れていた国とは思えないほど輝きに満ちていた。
そんな町の印象とは打って変わり、丘の上に建てられたお城は威圧的に聳え立つ。まるで誰も寄せ付けないというように高い塀に囲われ、それがとても恐ろしく感じた。
城に着くとすぐに謁見の間ではなく客室へと通される。藍色の落ち着いた部屋で、少し冷たい感じもした。エリー王女はソファーに座り、傍にはアランとレイが立って待機する。
膝の上で組んだ手に汗がじんわりと滲み、顔は強張った。
「いつも通りで大丈夫だよ」
レイがそっと耳元で囁く。見上げるとレイの笑顔とぶつかり、胸の中がじんわりと暖かくなった。
「はい」
エリー王女が笑みを浮かべた時だった。
ドアを叩く音と共に、リアム国王が入ってくる。
「お待たせして申し訳ない」
二十八歳という若さでありながら貫禄があり、圧倒される空気を放つ。少し緩んだ気持ちが一気に縮んだ。歓迎されていないのだろうか。リアム国王の表情はとても硬く閉ざされている。
「お招き頂きましてありがとうございます」
「いや、わざわざ来て頂いてこちらこそ感謝する」
挨拶をするため一度立ったが、椅子に座るよう促された。エリー王女はリアム国王と向かい合うように座る。
「襲撃にあったと聞いたが、無事でなにより。それで首謀者は分かったのか?」
「いえ、魔法薬を使って捕らえた傭兵に聞きましたが誰も正体を知りませんでした。しかし、全員が多額の金銭を受け取っていたことと、逃げた男は魔防具を使用していたことは分かっております。そのことから首謀者は権力者である可能性が高いというのがこちらの見解です」
エリー王女の報告にリアム国王は何かを考えるように頷く。
「王座を狙う者か、それを匂わせて内部から壊して国を乗っ取ろうとする者か……。または弊国でことを起こしたということは、貴国との仲を荒立てたいのかもしれないな。この件、こちらでも調べよう」
「ご協力感謝致します」
エリー王女が深く頭を下げた。リアム国王の視線はまるで王女としての資質があるのかと探られているように感じるほど鋭い。
肩肘を張るエリー王女に、リアム国王はふっと柔らかい表情を見せた。
「恐ろしい国王だと思っているのか? あながち間違いではないが、王女に危害は加えるつもりはない」
「いえ、そんな風には……」
思っていない。とは言いきれなかった。
五年前、世界を恐怖に陥れたあのダルス国王を打ち破った者が目の前にいるのだ。恐ろしくないわけがない。
ダルス国王は投獄や殺戮等の苛烈な手段によって、反対者を弾圧や恫喝してきた。また欲しいものは力ずくで手に入れたと聞き及ぶ。いくつかの国はダルス国王の手によって落とされた。
その戦力の中心だったのがリアム国王だった。
しかし……。
「城下の様子を見せていただきました。国民の皆様はとても豊かに過ごしているように見えました。とてもたった五年でここまで……素晴らしいと思います。あの……どのようにしてここまで早く復興できたのでしょうか」
その噂が嘘だったようにローンズ王国はアトラス王国と同じように平和な国に見えた。それはリアム国王が行ってきた成果なのだろう。
世界を脅かしたローンズ王国がどのようにして生まれ変わったのかエリー王女は興味を持った。
「そうだな……。悪名高き王を討ち取った息子はかつては国王の右腕だった。故に、他国からの信用はない。そしてこの国が誇れるものは武力だけ。信頼を得るに一番早い方法は何かわかるか?」
「……確か弊国と同盟を組んだのはリアム陛下が国王になられてから一年ほど経った頃だと聞いております。そのことが大きく関係しているのだと思います。しかし……」
しかし、たとえ父であるシトラル国王が寛容だったとしても、そんな危険な国と唯一の同盟国となるものなのだろうか。
「そう、貴国はどこよりも大きな国だ。そことの信頼関係が築ければ他国も認めてくれるだろうと考えた。ただ、それ相応の信頼を得なければ同盟はしてもらえない。そこである提案をシトラル陛下に持ち掛けた」
そこでリアム国王は言葉を切った。どこか遠い所を見ているような目をしている。
「その提案とは?」
「ああ、弊国にとって最も大切な宝を献上した。それは私にとって今でも大切な宝だ。そのおかげで貴国から信頼を得ることが出来た」
「大切な宝ですか? そのような話は父から聞いたことがございませんでした」
「これは国王陛下と側近しか知らないはずだからな。弊国でも知っているのは私とこの側近だけだ。周りに知られては色々と具合が悪いものだからな。今回は、王女には弊国との関係については正直に話しておくべきだと思い、話した」
「ありがとうございます。それで、その宝とはどのようなものなのでしょうか」
期待するようにエリー王女は見つめたが、リアム国王はそこまでは教えてはくれなかった。