第037話 襲撃
青白い厚い層が行く手を阻む。
「これ以上は無理だ。こう霧が濃くては見つけるどころか俺らも道を見失ってしまう」
雇った男の一人が黒ずくめの男に声をかけた。男は立ち止まり、霧の奥を睨む。
側近の一人は魔法が使えると聞いていたが、今回傍にいたのがそうだったのだろう。しかも、奇襲をかける前から湖沿いの道から逸れ、森へと逃げ込んでいた。あれさえなければ見失わずにすんだものを……。
「どうするつもりだ?」
無言のまま立ち尽くしていると、雇った男がもう一度尋ねてきた。このままでは主に報告できない。魔法を使えようが一人で守り切るには限界があるだろう。
「このまま向かう。霧がある場所は王女が通った証。目的は変更しない。騎士団を足止めをしている今がチャンスなのだ」
◇
アランは隣の部屋にいたマーサの手を取り、滞在所の外へと連れ出した。火の回りが早い。黒煙と火の粉が渦を巻き、炎の熱が焼けるように痛い。燃える音に混じって、あちこちで金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。布で口を抑えていても、きな臭さが鼻を突き刺した。
美しかった場所が、今は地獄絵図のようなものに変わり果てている。
「アラン! エリー様のところに行くんだろ? あとは俺に任せて早く行け!」
近づいてきた鋭い眼光の背の高い騎士は、急かすように言い放つ。副隊長のアルバートだ。
アランはアルバートに頷き返すと、マーサの方に向き直る。
「アルバートと一緒にいれば安全です。エリー様のためにも無事でいてください」
「はい。エリー様を宜しくお願いします。アラン様もどうかご武運を」
アランは頷いた後アルバートに目で合図を送り、素早くその場から立ち去った。
表の方は爆発音や怒号、金属がぶつかり合う音が激しく聞こえてくる。騎士団に対して、傭兵の人数はその三倍。しかし騎士達は怯まず戦いに挑んでいた。
アランもまた走りながら近づいてくる傭兵を流れるように次々と斬り倒し、道を切り開いていく。奥のほうに目を向けると、後方から大きな炎の玉が飛んで来ているのが見えた。
「珍しいな、魔法使いか」
森の一部が霧に包まれていることを確認していたアランは、最短ルートを走る。恐らくそこにエリー王女とレイがいる。
その進行方向の最奥に魔法使い。
丁度良い。望むところだ。
「ビルボート、俺が魔法使いを倒す! 援護を頼む!」
最前線で戦っていたビルボートを見つけると、アランは自分の剣に魔法薬をかけ横に振る。
剣から炎が飛び出し、横に広がる。ビルボートが後ろから飛んできた炎を避けると、アランはそのまま数人の敵を薙ぎ倒した。
二人は目で合図を送ると、敵の攻撃を避けながら一気に敵の後方へと突き進む。
後方部隊は遠隔攻撃。
ならば懐に入ってしまえばいい。
アランが魔法薬の入ったビンを森に向かって投げた。
奴らは避けるのは得意ではない。
爆発が起き、森に隠れていた弓矢部隊が一掃される。
「周りの敵はビルボートに任せた」
「おぅ」
横から矢が飛んでくるが寸前で避け、そのまま突き進む。
後方に近づくと、次々と炎の玉が飛んでくる。
アランが簡単に炎を避けていたからか、ひときわ大きな炎が跳んできた。
「おいっ!」
避けようとしないアランに向かってビルボートが叫ぶ。
「大丈夫だ」
アランが炎に向かってビンを投げると、炎の光が強くなり、水蒸気が舞うように炎ごと消滅した。
その奥で魔法使いの男が驚き目を見開いている。
「悪いな、魔法は効かないみたいだ」
表情も変えず、アランはそのまま魔法使いに斬りかかった。
しかしぶつかったのは魔法使いの肉体ではなく、硬い金属。
剣と剣が交差する。
剣士が割って入ってきたのだ。
「お前の相手は俺だよ!」
その横からビルボートが剣士に攻撃をしかけると、ターゲットがアランからビルボートへ移る。アランは少し距離をとり魔法使いに視線を戻した。
「殺しはしない」
魔法使いは貴重だ。剣に薬を振りかけ、脅える魔法使いに斬りかかった。剣が魔法使いの頬を掠めると赤い血がつーっと頬を伝う。その瞬間、魔法使いは膝からがくっと崩れ落ちた。
即効性のある麻痺薬を剣先にかけたのだ。魔法使いは体が痺れて動かない様子でアランを睨み付けている。
「後でゆっくりと話をきいてやる」
アランは言い捨てた後、すぐ襲いかかってくる新たな敵と交わる。
「もういい、お前は行け!」
ビルボートが剣士と戦いながら声を張り上げる。
確かにいつまでも最前で戦っているわけにはいかない。
「わかった。後は任せた」
攻防を繰り返しながら少しずつ戦線から離れ、エリー王女を助けるべく、霧が発生している森の方へとかけていった。
徐々に霧が増えてくる。
この方角であれば逃げる候補は二つ。この森を抜けるとすぐ町がある。そこで助けを求めるか、迂回をして敵の目を欺くか。
距離の近さで言えば町だが、二人で想定してきたことを思い出す。レイが選択するのは……。
アランはコンパスを取り出すと、決めた方角へと走った。