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第036話 月見の宴

 手に取る杯を掲げ、月を入れる。硝子の中の月は変わらず青白く光を放つ。


「良い月だ」


 美しい青年が女の掲げた杯に鮮血のようなワインを注ぐと月が赤く染まった。女は鼻で笑い、椅子から立ち上がって周りを見渡す。


「さぁ! 今宵は月が沈みゆくまで存分に楽しむが良い!」


 妖艶で異彩を放つ女は、高き台座の上から両手を広げ合図を送った。それと同時に楽団が美しい音楽を奏で、美しく着飾った紳士淑女等は月夜に躍り出る。月見の宴が華やかに始まった。


 女は満足そうに笑みを浮かべると、もう一度杯を月にかざす。


「沈みゆくのが楽しみだ……」


 喉の奥でくくくと笑うと、真っ赤に染まった月を一気に飲み干した――――。


挿絵(By みてみん)




 ◇


 地響きと共に爆撃音が轟く。


「敵襲!! 隊長、奇襲です!!」


 勢い良く騎士の一人が扉を大きく開け、部屋に響き渡る声で伝えた。扉の向こう側からは使用人たちの悲鳴が遠くから聞こえてくる。その部屋にいた騎士団隊長であるビルボートは、既に外の様子を探っていた。


 窓の外では月夜にうごめく影が森から次々と現れ、炎を纏った矢を次々と放つ。


「非戦闘員には避難指示!! 戦闘員は戦闘配置!! アランにはエリー様の保護を優先しろと伝えろ」

「はっ!」

「どこのどいつかわからねーが、蹴散らしてくれるっ」


 ビルボートは滞在所の二階の窓から飛び降りた。




 ◇


「い、今の――」

「待って……」


 レイはエリー王女を体から離し、耳を研ぎ澄ませる。僅かに足音……五……いや、七人か……。風からの振動を読み取り人数を把握した。しかし、敵か味方かまではわからない。そして、さっきの爆撃音が何であるか知る必要があった。


「音を立てないように付いてきて……」


 エリー王女は胸元をきゅっと握り締め、小さく頷く。レイの手を取り、ひたすらあとに続いた。この辺りは人の手が加えられているため所々月明かりが差し込み、多少足元が見えることが幸いだった。森の奥へどんどん進んでいく。もうどっちの方角に進んでいるのかもエリー王女には分からなかった。


 張り詰めた空気にエリー王女の恐怖心がつのる。一体何があったというのか……。背筋がぞくぞくと震え、あまりの恐ろしさに思わず後ろを振り返った。


 霧? さっきまであんなに晴れていたのに……。


 そこには月の光に照らされた青白い濃霧が広がっていた。向かう先は何もないのに。自分たちが通ったところから霧が湧いているようだった。


「もうすぐ滞在所が見えるからまずは状況確認をしよう」


 レイが指差す方向へ進み、森を抜ける手前で立ち止まる。隠れるようにして、その先を見つめた。そこからは湖を隔てて、奥に小さく滞在所が見える。しかし、それは想像とは違った姿だった。


「えっ……、マーサ……マーサっ!」


 真っ赤に燃える屋敷。それは遠くからでもよくわかるほど赤く光を放っていた。その中にはマーサがいる。血の気の引いたエリー王女は、走り出そうとした。


「出てはダメだ!」


 飛び出そうとしたエリー王女の腕を掴み、引き止める。


「ですが、あそこにはマーサが!」


 それでも今にも駆け出しそうな勢いのエリー王女を、レイは胸に引寄せた。


「エリー、あそこにはアランがいる。先鋭部隊の騎士だっているんだ。マーサさんは大丈夫。それに俺達が行けば、皆は上手く身動きが取れなくなる。わかるよね? だから、先ずは安全な所で待とう……いい?」


 ここも危険だ。さっきの足音は恐らく敵。エリー王女を狙ってすぐそこまで来ている。


「…………はい」

「大丈夫。エリーは俺が守る」


 あの火事が何であるかも分からなかった。ただの火事ではない。レイの緊張した面持ちがそれを語っていた。助けに行くより逃げなくてはいけない状況とは……。


 二人は無言で森の奥へと突き進む。普段あまり歩くことのないエリー王女にとっては、舗装されていない道なき道は辛いものである。しかし、エリー王女の頭の中はマーサの安否、そればかりだった。


 館から数十分離れたところでレイが立ち止まり、また耳を研ぎ澄ませる。ざわざわと鳴る真っ黒な木々。エリー王女にはそれしか聞こえなかった。しかしレイはほっと息を吐き、エリー王女を笑顔で見つめた。


「何も言わず付いてきてくれてありがとう。これから二人でローンズ王国を目指すことに決めたよ。ただし、問題がなければ知らせが飛んでくるはずだから、その後は合流しようと思う」

「あの……何が……?」


 レイは少し悩んでいるようだったが、口を開いた。


「……襲撃、だと思う」


 予想はしていたが、その言葉を聞いて血の気が引いた。


「で、では……私を狙って……」


 声が震える。自分が狙われたということよりも、自分の為に誰かが傷つくことに恐怖を感じた。


「マーサは……? 他の者たちは……?」


 怖い。

 今頃皆はあの炎の中に?

 自分と一緒にいたために傷ついたの?


「大丈夫。大丈夫だから」


 震える体をレイが手を取り優しく抱きしめた。


 頭ではこういうことが起こりうると分かっていたことだった。しかしいざ直面してみると、怖ろしさが波のように襲い掛かってくる。


 何度も大丈夫だとレイは体を擦ってくれた。


 レイ……。


 もし、ここにも敵が襲ってきたらレイも傷つくのでは?


「あ、あの……ここは安全なのでしょうか?」

「うん。霧で俺たちを見失ったみたいだ。大丈夫、近くにいる気配はないよ」


 笑顔でそう伝えるレイに胸を撫で下ろした。


「……ですが、どうしてそのようなことが分かるのですか?」

「ああ、魔法だよ。風の力を借りている」

「魔法……、え? レイは魔法が使えるのですか?」

「あれ? 知らなかった? そうだよ。ほら、この霧も魔法だよ」


 魔法が使える者はこの世界では稀だった。魔法薬研究所には数人いたが実際に魔法を使える人に会ったのは初めてである。エリー王女が尊敬の眼差しを投げるとレイは恥ずかしそうに笑った。


「あー、じゃあデートの続きでもしようか。目的地はここから二時間ほど歩いた先にある小屋だよ。ローンズ城から大分逸れた位置にあるから追手はここを探さないと思う。ちょっと遠いけど頑張れる?」

「はい、もちろん頑張ります。レイはこのような遠い地域のことまで詳しいのですか?」

「そりゃ色々と想定してしてきたし、地図も頭に叩き込んであるからね。だから安心していいよ」


 いつもと変わらない笑顔にエリー王女も気持を切り換えることができた。


 今出来ること。


 エリー王女は皆の無事を願い、自分はレイの安全を第一優先に考えようと決めた。





挿絵(By みてみん)

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