第034話 告白
恐る恐る差し出された手を取ると、レイは嬉しそうに笑った。その笑顔に胸がとくんと鳴り、エリー王女の頬は真っ赤な果実のように染まる。
――デートしようか。
どういう意味で言ったのだろう。エリー王女は繋がれた手を見つめた。女性だったときとは違うゴツゴツとした大きな手。
「ほら、見て。鹿がいるよ」
レイが顔を近づけ、小声で教えてくれた。分かりやすいように目線を合わせ、指し示してくれるのだが距離が近い。
「は、はい……」
意識しすぎて体が強張った。相づちはなんとか打つことは出来たが、鹿など見ているようで見ていない。
レイは何故こんなにも距離が近いのだろう?
友達とはそういうものなのだろうか?
それとも、デートと言うからには恋人として接してくれている?
「見えた? ここには野生の動物が多いみたい。危険な動物もいるかもしれないから離れないでね」
森の中を注意深く見つめるレイの横顔を見上げると、不安を感じたと思ったのか「嘘うそ、大丈夫だよ」と笑顔で安心させようとしてくれた。
「はい、ありがとうございます」
レイは優しい。きっと友達という疑似体験をさせてくれたかのように、今度は恋人という疑似体験をさせたくてそう言ってくれたのだろう。
自分を楽しませようとして、恋人の振りをしてくれるのであれば、それはそれで嬉しい。
「行こうか」
その後もレイは動物を見つけて教えてくれたり、騎士達の話などをしてくれたがエリー王女の頭には少しも入ってこなかった。繋がった手の感触や、すぐ隣にいるレイの気配に意識が行き過ぎるのだ。
デートというものはこんなに緊張するものなのだろうか。
横目でこっそりレイの様子を覗き見るといつも通り落ち着いている。やはりこんなにドキドキしているのは自分だけなのだと、分かっていたことではあったが寂しく思った。
自分のことをどう思っているのだろう?
レイのことばかり考えていて、観たかった景色も視界に入ってこない。
「エリー……下向いていたら景色見れないよ? さっきから何か考え事しているようだし……。楽しく……ない……か。んー、やっぱり男の俺じゃダメだったかな」
レイは立ち止まり、顔を覗きこんできた。寂しそうなその声にエリー王女はバッと顔を上げて首を振る。
「いえっ! 楽しいです! ここに来た時からレイとこうして歩きたいと思っておりました。ですので、今こうして歩けることがとても嬉しいです。ただレイと一緒にいると胸がドキドキしすぎて……ぁ……あの……」
エリー王女は、余計なことまで言ってしまったと気が付き、口に手を添えて固まった。レイも驚き固まっている。
誤魔化さなくてはとエリー王女が思考を巡らせていると、レイは照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
「そんな風に思ってもらえてすごく嬉しいよ。俺も……エリーと一緒に歩けたらいいなって思っていたから」
「え……」
レイも同じように思っていてくれたことが分かり、嬉しくて心が弾む。
「あー……エリーってさ、本当に可愛いよね。そんなに顔を赤くしながら嬉しそうな顔されると……(勘違いしちゃいそうになる)」
レイは何かを誤魔化すように俯いて笑った。
「あ、あの……。レイも私と……」
期待……してもいいのだろうか。エリー王女はレイを潤んだ瞳で見つめた。その先の言葉、その言葉の真意が知りたい。
顔を上げたレイに笑顔はなく、眉根を寄せている。
「うん……」
レイの手がエリー王女の頬にかかり、全身が痺れたように動かない。レイの瞳に捕らえられてしまった。高鳴る胸の音がはっきりと聞こえてくる。
願ってはいけない。
そんなことは分かっている。
けれど、このまま触れ合えたらどんなに幸せだろうかと願ってしまう。
「レイ……」
名前を呼ぶとレイの胸に引き寄せられた。厚みのある体に身を預け、もう一度名前を呼んだ。
「……ごめん、こんなことダメだって分かっているんだ。でも、そんな風に見つめられたら……。嫌ならもっと抵抗してほしい」
レイの苦痛に耐えるような声が頭上から聞こえてくる。
嫌なわけがない……。
それだけは知ってほしい。
エリー王女も両手を背中に回し、強く抱きしめ返す。レイの体が強張ったような気がした。
「嫌じゃないです……」
そう嫌なわけがない。エリー王女はその言葉を皮切りに、溢れる気持ちを止めることが出来なかった。
「だって私は……」
――――私は、レイが好きですから。
エリー王女はすぐに後悔した。そこまで言うつもりではなかった。迷惑だということは分かり切っているのに、なぜ伝えてしまったのだろうか。
レイからの反応はなく、黙ったまま。その沈黙が胸の奥を抉る。たまらなくなり、自らその沈黙を破った。
「ごめんなさい……。こんなことを言うつもりではなかったのです。あの……気になさらないでください……」
レイの胸の中で震える声を吐きだす。それでもなお沈黙が続いた。何を考えているのか怖くてたまらない。
涙がこぼれかけたその時だった。
突然レイがエリー王女の手を取り、林の中へと連れて行く。訳もわからず付いて行くと、月の明かりから逃れるかのように薄暗い木陰に着いた。
周りからエリー王女を隠すようにレイは大きな木に手をつく。木とレイに挟まれた状態で逃げ場がない。何が起きているか分からなかったが、レイの発する緊張感がエリー王女にも伝染する。
「レイ……」
暗くてレイの表情はみえなかったが、見つめられている気がした。目があるであろう場所をエリー王女は見上げ、瞳を揺らす。
「……後悔しても知らないから」
いつもと違う大人びた声と共に、唇が優しく触れた――――。