第020話 二人の仲
レイの隣を歩いていたジェルミア王子の側近が突如お腹を抱えて踞った。
「如何なさいましたか?」
レイもまたしゃがみ、顔を覗き込む。男は顔を歪ませ苦しそうに息を吐くと、レイの腕に掴まりぐっと下に力を込めてきた。
「す、すみません……。少し……お、お腹が……」
「大丈夫ですか? 少し休みましょう……。お二人に伝え……あれ?」
エリー王女もジェルミア王子も何処にも見当たらない。血の気が一気に引いた。焦り立ち上がろうとすると、男に抑えられて体が傾く。
「お二人が見当たりません! 急いで探さなければ!」
「ああ……、私のせいで申し訳ございません。早くお探ししませんと……うぅっ」
男は痛みで顔を更に歪めてレイに覆い被さる。
「すみません、私は探しに行きますのでこちらで休んでいてください」
「いえ私も……!」
こんなやり取りをしている暇などないのに男はなかなかレイを行かせようとはしなかった。よく見てみると、男の顔色は良く、冷や汗をかいている様子もない。
「……まさか、腹痛など起きてはいないのでは?」
レイが威圧的に顔を覗き込むと、男は後ろめたいのか視線を反らした。
「やはり、そうなのですね!」
「……すみません。少しで良いので二人きりにさせてください。数分もあればエリー様はジェルミア様に夢中になると思いますから」
レイは力強く男をはねのけ立ち上がった。尻餅をついた男を睨むように見下ろす。
「ジェルミア様は何を考えていらっしゃるのだ!」
「だ、大丈夫です。さすがに最後までは行わないと思いますから」
どういう意味かはすぐに分かった。レイは拳に力を込め、直ぐにその場を離れた。
残された男は、そのまま胡座をかいて走り去る後ろ姿を見送る。
数多くいる男達からたった一人しか選ばれないため、正攻法を取っている場合ではないのだ。印象に残らなければ意味がない。ジェルミア王子は数々の女性と関係を結んでおり、遊んできている。そんな彼であったが、女性たちは必ずと言って良いほどジェルミア王子に夢中になった。まだ恋も知らない王女であれば、ジェルミア王子の技で骨抜きなるだろう。男はそう確信していた。
レイの方は必死だった。王女の貞操を守るのも役目の一つ。法律で王族と貴族の女性は、婚姻前の男女の関係を禁じていた。しかし、法律の問題ではない。レイはただエリー王女の身を案じた。
嫌な想像が脳裏を横切る。
ツゲの木の迷路に行ったのだと予想をたて、探すもののなかなか見つからない。焦りで鼓動が早くなる。どんな小さな音でも聞こえるように五感を研ぎ澄ませた。
――――っ。
その時、ジェルミア王子の声が聞こえた気がした。レイは素早くその方へと移動する。
――垣根の向こう側だ!
「……今夜エリー様のお部屋にお伺いしても?」
ジェルミア王子の言葉にレイは剣を抜く。目の前のツゲの木を切り開くと、目の前で二人が抱き合っているのが見えた。
「ジェルミア様!」
エリー王女の唇に触れる寸前だった。ジェルミア王子はぴたりと止め、振り返る。その顔は悪びれもせず、笑みを浮かべていた。
「なんだ。早かったね」
「レイ!」
「申し訳ございませんが、それ以上は禁じられております。距離をお取り頂きますようお願い申し上げます」
エリー王女はレイの姿を見て安堵した。レイの側へと駆け寄ろうとしたが、ジェルミア王子はエリー王女を離そうとはしない。
「それは失礼いたしました。エリー様があまりにも魅力的でしたので。禁じられているのかもしれませんが、愛し合う二人であれば必然的なこと……ね?」
エリー王女に熱い視線を送り、髪を撫でてくる。愛し合う? 何を言っているのか分からなかったエリー王女は、真意を探るためにジェルミア王子をじっと見つめた。
「……愛し合ってでの行為であれば、まずは婚姻の約束の手続きを行ってからお願いいたします」
レイの言葉にジェルミア王子はふっと笑う。
「手続き……。なんだか色気がないですね。愛し合えばその場ですぐ求め合ってしまうものでしょう? 君は愛する人が目の前で求めてきても我慢できるのかい?」
「もちろんです。それがその方にとって必要なことなのであれば」
「ははは。まあ、側近ならそう答えるだろうね」
ジェルミア王子はやっとレイを見る。
「君も人を好きになったらわかるよ」
勝ち誇ったその笑顔にレイは苛立ちを覚えた。そんな気持ちを知っているかのように、ジェルミア王子はさらにエリー王女を見せつけるように抱き寄せる。
「エリー様、今日はこれで帰ります。また会いに来ますのでそれまで待っていて下さいね」
エリー王女の頬に口づけた後、耳元で「今度は隠れてしましょうね」と囁いた。何故そんなことを軽々しく言うのだろうと、エリー王女は顔を真っ赤にして俯く。
二人の様子をずっと見ていたレイには、エリー王女はジェルミア王子に好意を寄せているように見えた。抱き合い、見つめ合う二人。頬を染めるエリー王女。もし自分の到着が遅ければ、口づけを交わしていただろう。
男が苦手なエリー王女でさえ、すぐに惚れさせてしまうジェルミア王子にレイは感服した。しかし、女癖が悪いという噂の男であるため、手放しでは喜べない。
そう、喜べないのだ。レイはその事実に複雑な気持ちが渦巻いていた。
しかしエリー王女が決めた相手なのであれば、応援しなくてはならない。そう思い、レイは自分の気持ちを抑し込めた。
ジェルミア王子の側近ハイド