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第002話 王命

 案内されたところはシトラル国王の私室。そこでは、シトラル国王とその側近二名がエリー王女を待っていた。


 シトラル国王は、祖父の代で世界屈指の大国となった国を治めている。この国は今もなお、その権威は失われていない。シトラル国王はさらに金融市場を発達させ、アトラス王国は資金調達や各国との継続的な資本輸出を行ない、運用の中心となった。そのことで世界経済に多大な影響をもたらしていた。


 少し長めの髪を後ろで結び、鼻下と顎に髭を生やし、眼光の鋭いその目で威圧する。彼の身に纏うオーラや威厳は小さな国の王であれば縮こまってしまうほどであった。


 しかし、今エリー王女の目の前にいる人物は、それを感じさせないほど娘にデレデレで、どこにでもいる父親そのものだった。エリー王女とは違う一重の切れ長な瞳は、もう黒眼が見えないほど細くたれ下がっている。


挿絵(By みてみん)


 シトラル国王は、朗らかな笑顔でエリー王女を私室へ招き入れるとソファーに座らせた。


「誕生日おめでとう、エリー。また一段と美しくなったね」

「ありがとうございます、お父様。ですが、つい先日お会いしたばかりですよ」


 と二人で笑い合い、楽しそうに会話を始める。


 側近である四名は壁際に立っており、二人の様子を静かに見守っていた。しかし、レイだけはそんな二人の様子を物珍しそうに見ていたため、アランに横腹を小突かれた。


「エリー」

「はい、お父様」


 急に深刻な面持ちで名前を呼ばれたため姿勢を正し、エリー王女も真剣な表情に変わる。シトラル国王が合図を送ると王の側近である一人が机の上に地図を広げた。


「アトラスは、世界で最も大きく権力も莫大である。今はまだ平和ではあるが、エリーも知っているように後を継ぐ王子がいない。それはこの国で一番の問題となっている。子はお前一人。エリーの結婚相手が次期国王となるだろう。お前が十八歳となった今、各国より我先にと結婚の申し出が殺到している。攻めるよりも簡単にこの国が手に入るからだ」


 苦笑いをするシトラル国王を、真剣な眼差しで見つめるエリー王女。


「各国の王、王子など王族との婚姻を結べばその国との絆は深まる。しかし、下手をするとこの国が悪い方向へと向かう可能性もある。国の強さ、政治的なことだけでは国は平和にはならない」



――――国を愛し、人の命を慈しみ大切にする人には人が集まってくる。

――――思いやり、感謝する気持ちを持てる人には幸せが訪れる。

――――人を許し、柔軟な心で見れる人には苦難を乗り越えられる。



 エリー王女がそう呟くと、シトラル国王は笑顔で頷く。


「お前はちゃんとわかっているようだね。とても難しいがこの国にとってはすごく大切なことだ。心が豊かでなければ国は豊かにならない。エリー、お前が心豊かにしていれば自ずと相手も見つかるだろう」

「はい、お父様。ですが、私のような未熟な者がそのような大切なことを決めてもよろしいのでしょうか?」


 自分の判断でこの国は大きく変わってしまう。後宮の外に出て、違う空気に触れたエリー王女は、その責任の重さをやっと実感した。


挿絵(By みてみん)


「政治的な考えで決めようとも思ったのだが、あっちを立てればこっちが立たず。公平に決めるために政治のことを知らないお前に委ねる方が良いということになったのだ。しかし、決めたとしても最終的にその者がふさわしいかどうかは私が決める。だから安心しなさい」


 すべて自分の責任で決めるのではないと聞き、エリー王女は安堵の息を漏らした。それでもシトラル国王を見つめるその瞳は、先が見えない未来を見るように揺れている。


「それに、お前にも好きな人と結婚して幸せになってほしいからな」

「お父様……」


 朗らかなシトラル国王の笑顔に、エリー王女はやっと胸に暖かな空気が入ってきた。父の優しさにエリー王女も笑みを返す。


「最後にもう一つ。この国の王族で国王候補が数名いる。これは、お前に"何かあった場合"の候補である。意味はわかるね。お前の後ろにいる二人は優秀だし、お前を守ってはくれるが、最後は自分の身は自分で守らないといけないよ」


 それは誰かに敵意を向けられ、命が危ぶまれていることを意味していた。胸にあった暖かな空気が一気に冷える。背筋が凍り、今も誰かに狙われているのではという恐怖を感じた。エリー王女は膝の上に置いた手を握り直す。


挿絵(By みてみん)


 シトラル国王はエリーの不安を和らげようと、特別な贈り物を用意していた。エリー王女に体を近づけ、そっと青く輝く石の付いたシンプルなネックレスをエリー王女の首にかけてあげた。


「誕生日のプレゼントだよ。これはお前の母親が大事にしていたネックレスだ。きっとこれがお前を守ってくれるだろう」

「お母様の……。ありがとうございます!」


 そう言って、エリー王女はシトラル国王の首に抱きついた。


 レナ王妃はエリー王女が五歳の時、不慮の事故で亡くなっていた。しかし、その事故は不審な点が多かった。レナ王妃が狙われる理由と言えば、次期国王を産ませないということが考えられた。あの時、レナ王妃のお腹の中には一つの命が宿っていた……。


 これは、次期国王の座を狙った犯行の可能性が高く、エリー王女も狙われる可能性もあった。シトラル国王は、エリー王女までも失いたくないという思いから、今までずっと後宮に隔離していたのだった。


 しかし、流石にずっと閉じ込めておくわけにもいかない。そのため、優秀な人材を二人もつけた。それがアランとレイだった。彼らならしっかりと守ってくれる。そう信じていた。


挿絵(By みてみん)


 シトラル国王は、エリー王女を抱きしめながら二人を見る。必ず守るようにと気持ちを込めて頷くと、二人は右手を胸に当てて敬意を示した。


 母の形見を手にしたエリー王女は、胸が苦しくなった。ここに母がいたら何と声をかけてくれたのだろうか。青く輝く石をギュっと握り締め、心の中で母を呼ぶ。


 シトラル国王はレナ王妃が亡くなった後も後妻は作らず一人で過ごしていた。エリー王女にとってこのことは父は母をとても愛しているのだと捉えていた。


 父と母のように愛し合えるような人に巡り会いたい。


 国王選びは後宮にいた小さな頃から聞いていたため、それが当たり前なのだと思っていた。候補者の人達と出会い、その中の誰かと恋に落ちるのだろう。


 エリー王女は、そう安易に考えていたのだった――――。




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