第018話 デール王国 ジェルミア王子
太陽が真上に昇り、池のほとりにある真っ白なガゼボがエリー王女を強い日差しから守っていた。支柱には白いカーテンが黄色や白の花でくくられている。その中に立つエリー王女もまた暖かみのある淡黄色のドレスを身にまとっていた。黄色はデール王国の象徴色である。
「エリー様、ジェルミア様がいらっしゃいました」
侍女の声に池を見ていたエリー王女は一つ小さく深呼吸をして振り返った。ガゼボの前には長身の男が立っている。金色の長い髪が太陽の光を浴びて輝き、胸を張ったその姿は自信に満ち溢れているように見えた。
「どうぞ、こちらへ」
レイがジェルミア王子をガゼボの中へと案内する。すっと通った鼻筋に切れ長の瞳。大人びた表情に品ある佇まい。レイはこの容姿で女性を口説いたら誰でも落ちるに違いないと思った。エリー王女の様子を伺ってみると、見惚れるというより、緊張で視線が定まっていない様子だ。レイは心の中でエリー様らしいなと微笑んだ。
ジェルミア王子はエリー王女の左手を救い上げ、柔らかな唇を手の甲に当てた。その瞬間、エリー王女の体がびくりと反応する。この挨拶の仕方に慣れていないエリー王女は、平然を装うのは難しかった。
足元で跪くジェルミア王子は上目遣いでエリー王女を見ると、笑みを浮かべる。まるで見透かされたようで、エリー王女は沸き立つように顔が熱くなるのを感じた。それを知ってか知らずか、ジェルミア王子は手を握ったまま立ち上がり、至近距離でエリー王女を真っ直ぐ見つめる。
「この度はお招きありがとうございます。昨夜のエリー様も大変お美しかったですが、太陽の下で見るエリー様はより一層お美しい」
「……あ、ありがとうございます。こちらこそお時間を頂きましたこと、大変嬉しく思います。ジェルミア様、よろしければこちらで一緒にお食事はいかがでしょうか」
エリー王女はその視線に耐え切れず、逃れるかのように視線を外し左手を自分の右手に引き寄せた。
「もちろん。ご一緒させてください」
無理に手を引かれても意に介した様子も見せず、ジェルミア王子は笑顔を見せる。
ガゼボ内には円卓があり、椅子が向かい合わせに並べられている。レイがなるべく二人の距離が遠くなるようにと配置したのだが、ジェルミア王子の方が一枚上手だった。
「せっかくの景色ですから、池に向かって並んで食事してはいかがでしょう。それにこう距離があっては、話もし難いですし。ね?」
そう微笑まれては嫌とも言えず、結局並んで食事を行うことになった。二人が座ると次から次へと食事が運ばれてくる。ジェルミア王子は言葉巧みにエリー王女やアトラス王国を褒め称えた。また、その間ずっとエリー王女を熱い視線で見つめてくるのだ。何故こんなに見つめてくるのだろう……。エリー王女はとても戸惑い、落ち着かない時間を過ごした。
食事が終わり、エリーは珈琲を手にした。目の前にある真っ黒な液体が風で僅かに揺れている。ジェルミア王子も感じの悪い人ではなかったが、全てを見透かしているような瞳から早く逃れたかった。それでも何とか笑顔を作り、この珈琲のような苦味に耐える。
「エリー様。まだ緊張しているのです?」
ジェルミア王子がエリー王女の手にそっと触れる。
「い、いえ……あの……少しだけ……」
触れられた手をどうすることもできず、ジェルミア王子に困ったように微笑んで見せた。ジェルミア王子も笑みを返し、手を取ったまま立ち上がる。
「では、もう少し仲良くなるためにあちらの庭園を散歩いたしましょう?」
「あの……」
エリー王女は手を取られたまま、隅で待機していたレイを見る。その意味を理解したレイが一歩前に進み出た。
「ジェルミア様、失礼いたします。実はエリー様は少し体調が優れないため、こちらに座ってお話をお願いできますでしょうか」
男性はエスコートする時、体を密着する。また、相手はジェルミア王子。何をされるかわからないため、レイはそうお願いをした。それを聞いたジェルミア王子はにこやかに笑顔を作る。
「そうでしたか……。では、お城まで私がお支えしお送りいたしますね」
エリー王女を立ち上がらせると、腰を抱いて密着してきた。あまりにも密着していたため、エリー王女はもう一度レイに目配せをして助けを求めたが、レイはジェルミア王子を止めようとはしなかった。それは、ジェルミア王子の行動は何一つおかしい所はなかったからだった。
巧みに近づくジェルミア王子に、エリー王女のみならずレイまでもが戸惑った。