第176話 雨
――――アトラス城は? エリーは大丈夫なのだろうか。
セイン王子は差し迫る炎を見つめながら、手綱を固く握り走り続ける。
「セイン様、ジェルミア様。今はどちらのお国も敵と思われております。ここから先はお顔をお隠しください。また、失礼ながら私が先導させていただきます」
並走しながらアランが伝えると、セイン王子とジェルミア王子は布で顔を覆った。
王都を囲う塀に近づくにつれ、避難している民も増えてくる。疲弊し、悲しみに暮れる人々は黒い沼に沈み込むように、酷いものだった。
そんな彼らを横目にやっと検問所にたどり着いた。しかし扉の中は炎に包まれている。
「城へ向かいたい。今、入れる検問所はあるのか?」
「アラン様! 反対の南門であればもしかしたら……」
アランが検問所の兵士と話をしていると、一人の騎士が近づいてきた。
「アラン! アルバート! 遅かったじゃないか!」
二人が戻ってきたことを知らされたビルボートだった。
「陛下とエリー様、それにディーン王子は?」
「全員城にいらっしゃるはずだ。直ぐに城に戻ってもらいたいところだが、魔法を使う子供達によってこの有り様だ。しかも魔法の炎はなかなか消えない」
「消滅魔法薬は?」
「数が足りていない。ああ、そうだ、アラン。来る途中でデール王国の軍勢は見たか?」
ビルボートはまだデール王国の状況を知らないようだ。アランは簡潔に状況を伝えた。
「デール王国はジェルミア王子とセイン王子のお力で、出陣前にバルダス国王とカルディア王子を捕らえることが出来た。よって、軍勢が襲ってくることはない。また、その二人は捕虜として連れ帰ってきている」
「つ、連れてきただと? それは今どこに?」
「今馬車でこちらに向かっている。セイン様、ジェルミア様」
アランの合図で、二人は覆っていた布を外す。セイン王子はアトラス王国では顔を知られてはいなかったが、美しい金色の髪を持つ王子は誰もが知っていた。デール王国の王子が現れたことで、周りにいた兵士の空気が尖る。
そんな中、ジェルミア王子が一歩前に出た。
「デール王国からの侵略はもうない。それは二人をシトラル陛下に受け渡すことで証明しよう。後は裏で手を引いていたディーン王子を捕らえることでこの戦争も終わる」
「ディーン王子が裏で!? 今、城におります!! いや、シロルディアの兵士はどうこうできる人数ではないか……。おい、アラン。知らせは飛ばしているんだろうな?」
ビルボートが問うと、アランは首肯で答えた。
「しかし、届くのが遅くないか? デール王国を出る前に飛ばしているんだろう?」
「六日前に送っているが……まだ届いていないのか? 我々はギルのお陰で多少だが早く着くことができたが、少し遅いかもしれないな」
「そうか。ポルポルも真っ直ぐ飛ぶわけじゃないからな。それより人質など取られてはまずい。急いで城に戻りたいところだが、この炎では……」
後ろで聞いていたセイン王子が突然両手を空に掲げた。
「セイン様……何を……?」
側にいたアルバートが尋ねたが、セイン王子は答えない。意識を集中させているのか、瞳を閉じていた。アルバートは視線を上げると、黒い雲が集まってきているように見える。
「もしかして雨を……?」
王都全域に渡って雨を降らすなど、本当に出来るのだろうか?
魔法で作られた雨ならこの炎も消えるかもしれない……しかし……。
アルバートはそれ以上何も言えず、ただ見守ることにした。
二人の様子に気が付いたアランやビルボート、その他の兵士も何かあるのかと空を見上げる。少しずつ黒い雲が増えてきてはいたが、雨が降るまでにはとても時間がかかりそうだ。
「くっ……範囲が広すぎる……」
セイン王子の表情に焦りが見え始めた時である。セイン王子の隣に影がさした。
「手伝おう」
訝しげに隣を見上げると、圧倒的な存在感を放つ人物が同じように両手を掲げていた。
「兄さん……。来てくれたんだ……」
「リアム陛下!!」
突然のリアム国王の登場で、辺りは一気にざわめき立つ。
アランやアルバート、ビルボートなどは一斉にひざまずいた。
「ああ。報告が届いたからな」
「ありがとう……。でも、兄さん一人?」
辺りを見回しても、側近のハルもいなければ騎士団もいない。
「敵だと思われているのに、騎士を引き連れてくるわけにはいかない。少し遠くで待機させている。それよりセイン。今ここでローンズがアトラスの味方であることを証明する」
「はい!」
リアム国王とセイン王子が話している間も、二人は空気に魔力を込め雨雲を作り続けた。
空にどんどん厚い黒い雲が集まってくる。その様子に人々が興味深そうに集まってきた。
「そろそろか……」
リアム国王が呟くと、見上げた空からぽつんと水滴が落ちてくる。
「あ、雨……?」
誰かが声を漏らした。
「あ! 雨だ!」
「雨だ!」
「雨だ雨だ~!」
伝染するかのように人々の口から歓喜の声が上る。それと同調するかのように、王都全域に広がった雨雲から大雨が降りだした。
「セイン、ここは私が引き受ける。お前はシトラル陛下とエリー王女の救出を」
「ありがとう、兄さん。アラン! アルバート! ジェルミア様! 行こう!」
四人は馬に跨ると、まだ消えていない炎の中に飛び込んで行った。




