第016話 候補者リリュート
最初はセルドーラという街にある公爵家の長男、リリュートとの接見から始まった。親がシトラル国王とも仲が良いため有力候補の一人である。器量は良いが、無表情で少し頼りない印象であり、垂れ下がった瞳からは何の感情も読み取れなかった。
この日のために庭師が色とりどりの花を植え、アトラス城の園庭はとても華やかに彩られていた。エリー王女とリリュートはこの美しい園庭を二人肩を並べて歩く。普段のエリー王女であれば目を輝かせてそれに見入ったであろうが、今はこの色彩豊かな花々ですらエリー王女の気持ちを上げることは出来なかった。
なぜならリリュートは、全くと言っていいほど何も話そうとはしなかったからだ。ずっと沈黙が続き、エリー王女は自ら話しかけるべきなのかと頭を悩ませていた。しかし、何を話して良いのか分からず時間が過ぎるばかり。花など見ている余裕はなかったのだ。
アランはというと、見える位置にはいるが口を挟むことはしなかった。二人を見守るように少し離れ、後ろをついて歩く。これほどまでに話が弾まないとは思いもよらず、眉間にしわがよる。
エリー王女とリリュートは、美しい花などそこにはないかのように、ただ真っすぐ前だけを見て歩き続けていた。
こんなことで何がわかるのだろうか? エリー王女が疑問を感じていると、リリュートが突然立ち止まった。どうしたのかとエリー王女も合わせて立ち止まり、リリュートを見上げる。リリュートは色素の薄い灰色の髪を風に揺らしながら、どこか冷めた瞳でエリー王女を見つめていた。
「……エリー様。父はエリー様との婚姻を希望しておりますが、私はこの国を治める自信がございません。失礼を承知の上で申し上げますが、このお話はエリー様からお断りくださると幸いです」
リリュートが頭を下げると、エリー王女は目を見開いた。
てっきり王になりたい者ばかりと思っていたエリー王女はとても驚いた。そして、一番最初に会った相手に断られたことに、気張っていた自分があまりにも滑稽で可笑しくなってしまった。
「ふふふふふ」
突然口に手を当てて笑い出すエリー王女に対し、今度はリリュートが驚く。
「そうですよね。王になりたい人ばかりじゃありませんよね。ふふふふふ。私は選ぶ立場だと思い込んでおりましたが、相手にも選ぶ権利はありますよね。私のことが気に入らないということもあるでしょうし」
パッと花が咲いたようににこやかにエリー王女が笑うと、リリュートの体は電流が走ったように痺れた。エリー王女の周りだけが何故かキラキラと輝いて見える。それは本の中にいる女神のようだった。
「……エ、エリー様は大変お美しく、そういった意味で断る方はいらっしゃらないかと思います」
リリュートは普段女性を褒めることはしなかったが、何故かそのような言葉を口にした。自分でも頬が熱くなるのが分かるくらいに高揚感を覚える。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに俯く姿が愛らしく、リリュートの心は揺れた。今まで人にあまり関心を示さなかったリリュートに、もう少し彼女と一緒にいたいという強い感情が芽生えた。こんな気持ちは初めてだった。
「……やはり、少しお時間を頂けないでしょうか。私は……エリー様の笑顔に……おそらく恋に落ちてしまったようです」
先程拒否されたばかりの相手に今度は面と向かって告白され、エリー王女は驚き更に顔を真っ赤に染める。どういうことなのかさっぱり分からない。しかし、候補者の一人でもあるため慎重に返事をしなくてはと思い、顔を上げる。
「あの……、そうですね。こういうことは時間をかけるべきですから……」
「ありがとうございます」
リリュートはほっとしたように小さく微笑んだ。
時間までの間、リリュートは王都について一生懸命に話をしてくれた。最初のような、少し距離感のある声ではなく、静かで優しいリリュート声はとても心地よかった。
エリー王女は隙を見てはリリュートの表情を盗み見た。表情はやはり無表情で分かりにくいが、悪い感じのする人ではない。冷たいと思っていた瞳は、今は優しく見える。
ただ、こんなにも早く人を好きになれるものなのだろうかと疑問に感じた。好きとはどういうことなのだろうか……。
ふとレイの笑顔が脳裏を過った。
これは違う。昨日の出来事に動揺したから気になっているだけなのだ。昨夜から何度もそう言い聞かせているエリー王女は、気持ちを落ち着かせようと小さく深呼吸をする。
澄み切った空の下でも、エリー王女の心はずっと靄がかかったままだった。




