第153話 現れた人物
ドアを叩く音が聞こえ、男たちはピタリと黙った。
「……おい、ここで大人しくしていろよ」
そう告げながら、エリー王女とサラの口にスカーフを含ませる。男たちは何故か緊張している様子だ。
一体誰が訪ねてきたのだろう?
四人の男たちが部屋を出ていくと、小さくくぐもったサラの泣き声が聞こえる。乱れた髪にぼろぼろの制服。エリー王女はサラから視線を反らし、ゆっくりと扉の方に這っていく。
暴れたせいか、あちこちが痛い。
エリー王女の姿も人に見せられるような格好ではなかった。両手が使えないため、身なりを整えることも出来ない。しかし、今はそれよりもやるべきことがあった。
なんとか扉に辿り着き、聞き耳を立てた。
「旅をしていて、今日はここで休ませて貰っているんですよ」
ここにいた男の声だ。
仲間ではないことは確かである。
エリー王女は咄嗟に立ち上がり、扉に体当たりをした。あまり大きな音ではない。それでも何度もぶつかった。
そのようすに気がついたサラは足で壁を蹴り、大きな音を立てた。
「おいっ! 勝手に入るなっ!」
隣の部屋から怒鳴り声や大きな物音が聞こえてくる。
もしかしたら助かるかもしれない。
エリー王女とサラは部屋の隅で小さくなり、助けであると願いながら待った。
暫くすると扉がバンっと勢いよく開かれる。
二人は期待するようにそこに立つ人物を見上げた。
シロルディアの兵士である。
助かった……。
エリー王女の肩が僅かに下がる。
「大丈夫ですか? 今、縄をほどきます!」
兵士が二人に駆け寄り、手首の縄と口を塞いでいた布を取り除いた。
「もう大丈夫です。よく音を立てて下さいました。今、ローブをお持ちします」
その優しい言葉に二人の瞳から涙が零れた。
二人にとって短くも長くて恐ろしい時間。
安堵したからか腰が抜けて動けなかった。未だに体が震えている。
直ぐに戻ってきた兵士が、ローブで体を包んでくれた。
「ありがとうございます……」
「いえ。今、ディーン様がいらっしゃいます」
「え……?」
「保護した者たちはここか?」
部屋に一人の男性が入ってくる。そこにいたのは紛れもなく、シロルディア王国のディーン王子だった。
「ディーン様……」
エリー王女と目が合ったディーン王子の瞳が大きく開く。
「エリー様! ああ、見つかって良かった! お怪我は? 何かされたのですか? なんということだ! もっと早く来られたらっ!」
慌ててエリー王女に駆け寄り、頬の傷や乱れた髪を悲痛な表情で見つめた。
「いえ、とても助かりました。ありがとうございます。もしも……来てくださらなければ私たちは……」
エリー王女は深く礼をし、声をつまらせた。その先は想像もしたくない。
「いえ。無事だとは言い切れないかもしれませんが、お助けすることができて本当に良かった」
「……どうしてここにいると?」
「リアム陛下から知らせが飛んできまして、近くを捜索しておりました。たまたまだったのです。本当、運が良かった……。そうだ、早く無事だということをシトラル陛下にお伝えしなくては! 今、色々と用意いたしますので少しそちらでお待ち下さい」
ディーン王子が出ていくと部屋には沈黙が訪れた。
「今の方は……? 何故、シトラル陛下に……」
サラが震える声で呟いた。視線はどこか遠くを見ており、困惑しているようだった。
「サラ……。私……私のせいなんです……。私が……王女なのです……ごめんなさい……こんなことに巻き込んでしまい……何と言っていいか……」
エリー王女はサラの手を取り、伺うように見つめた。
サラの反応が怖い……。
嘘を付いていたこと。
巻き込んでしまったこと。
何もかも許されないと思った。
「王女……エリー……エリー・アトラス……エリー様……」
サラは独り言のようにぶつぶつと呟く。
「サラ……」
「すみません、お待たせしました! 馬車は私と一緒になりますが大丈夫ですか? もちろんご友人も一緒で構いません」
「ありがとうございます……サラ……行きましょう? サラ!」
サラはふらっと揺れたかと思うと、意識を失った。
◇
外は闇に覆われていた。木々に囲まれ、光が殆ど届かない。
ディーン王子の話によると、この辺りはシロルディア王国が管理する土地らしい。
「我々がアトラス王国へとお送りいたしますのでご安心ください」
「あの……ローンズへ戻りたいのですが……」
セイン王子もアラン、アルバートが心配している。特にセイン王子とはアトラス王国へ戻ってしまえば会えなくなってしまうのだ。
「いえ、エリー様が誘拐されたことは直ぐにシトラル陛下の耳に入ります。ご心配されますので、直ぐにアトラスへ戻られた方が宜しいかと思います」
「……そうですね……わかりました。お願いいたします」
これ以上、我がままを言うわけにはいかない。
エリー王女はディーン王子の厚意に従うことにした。
森を抜け、近くの町で一晩休むことになった。エリー王女はサラと同じ部屋。サラは未だに眠っていた。
あんなに恐ろしいことが起きたのだ。心も体もついていっていないのだろう。
エリー王女はサラの髪を撫で、ごめんなさいと何度も謝った。
しかしサラは起きていた。
エリー王女の言葉を聞きながら、どう答えていいか分からず黙っていたのだ。
大丈夫。
気にしないで。
無事で良かった。
頭にはそんな言葉も過った。
しかしあの恐ろしい時間を思い出し、全て飲み込んだ。
今は何も考えたくない……。




