第148話 優しい友人
ツリーハウスから応接室へ移動し、リアム国王にレイの記憶が一部戻ったことを報告した。
「そうか、やはり記憶が戻ったか。側近になった数ヶ月の記憶だけということだが、その記憶にはアトラス王国の内部的な情報が多く含まれる。一部の記憶が戻ったというだけでもシトラル国王には不信感を抱かせてしまうだろう。報告するべきではあるが……」
リアム国王の表情は硬い。
「そうだね……。俺、直接シトラル陛下に会いに行って謝罪する。そしてエリーとの関係を認めてもらうようお願いしようと思う。エリーたちが帰国するときに俺もアトラスへ行くよ。入れてもらえるか分からないけど」
「私が一緒に入国します。そのままお父様のところへ参りましょう」
隣に座っていたセイン王子の手をエリー王女がそっと取った。
「うん。まだ先は見えないけど、きっと陛下は分かってくださる」
「はい……。私もそう信じております」
二人は意思を固めるかのように頷き微笑み合う。
◇
セイン王子と会ってから五日。あれから二人は一度も顔を合わせていなかった。お互い多くの仕事を抱えているし、エリー王女にはサラがいる。毎晩、サラを一人にするわけにはいかなかった。
エリー王女は宿屋の窓から僅かに見えるローンズ城を静かに眺めていた。近くにいるのにとても遠い。想いは募る一方だった。
「あ、またため息。本当、どうしちゃったの? ここ最近ずっと元気がないよ?」
知らない間にため息を付いていたようで、エリー王女は苦笑いを浮かべる。
「サラ……。心配かけてごめんなさい……」
「んもぅ! 困ってることなら何でも言って? 友達が困っていたら助け合う! いつも子供達に言ってる言葉でしょ? エリーもちゃんと実践してくれなくっちゃ」
サラが笑顔で元気付けようとしてくれていた。
友達。
ずっと欲しがっていた本当の友達。
サラの優しさが嬉しい。
エリー王女はサラが座るベッドの隣にちょこんと座った。
「あ、あの……。では、話を聞いて頂けますか?」
頬が熱くなるのを感じながら、サラの顔を見上げる。
「勿論よ。友達なんだもん」
「ありがとうございます……。あの……私、好きな人が出来たんです」
思ってもみなかった言葉だったのだろう。サラの時が一瞬止まった。
「えっ! そうなの? わぁ! 本当? え、でも待って……最近出来たってことよね?」
サラは嬉しそうにしたり、青ざめたりと表情を変える。
「五日前です……。知り合いに会うと言ったあの日に……」
「あ……確かにあの日はエリーがとても嬉しそうにしていた! そっか、そういうことだったのね! んもぅ、もっと早く教えてくれたらいいのに~。で、どんな人なの? この国の人よね?」
サラが腕を絡ませ、声を潜めて聞いてくる。
壁が薄いため、アランやアルバートに聞かれないように気を遣ってくれているのだ。
「知り合いの方の弟さんなんです。彼は暫く病気を患っていて、今回初めてお会いしたの……」
「わぁお! 一目惚れってやつね。エリーに惚れてもらえるなんて、幸運な人だわっ」
「ふふふ、なんですか、それ」
「だって! 皆がエリーを好きなのに、エリーは誰にも興味を示さないじゃない? そんな子に好かれるなんて、幸運も幸運! 超幸運! でも、どうするの? ローンズの人じゃなかなか会えないし……」
「そうですね……。私、今すぐにでも会いたい……。ずっと側にいたいです……」
エリー王女が無理して笑うとサラが抱き締めてきた。
それはとても温かくて心地いい。
「せっかく恋をしたのに、他国の人だなんて……。辛い恋だよね……」
「ありがとう、サラ……。大丈夫です。私、幸せです」
優しさに触れ、エリー王女も抱き締め返す。
全て伝えることは出来ないが、サラには知って欲しかった。
大切な友達だから。
「ではサラの好きな人、教えて下さい。いるのでしょう?」
「えっ、わ、わたし? 私はその……」
林檎のように真っ赤に染まるサラに、エリー王女が手をぎゅっと握りしめて微笑んだ。
「……あー、もぅ。エリーのその無垢な笑顔に私は弱いのよ! エリーも心を見せてくれたんだもんね……そうよね……。わかった。言うね! 私の好きな人は……アラ――――」
その時、ドアを叩く音が聞こえた。
「ア、アランかなぁ? あはは~。私が出てくるね」
慌てているのか、サラは何もないところで躓き、エリー王女にあははと笑って誤魔化している。
いつもと違う様子のサラにエリー王女は笑みを浮かべた。
もう一度ドアが叩かれる。
「は、は~い! 今開けるから~!」
ドタドタと歩くサラの足音。
ガチャリと鍵を開ける音。
「夜分遅くにすみません。エリーさんいらっしゃいますか?」
そして耳に入る声……。
「……あ! は、はい! エリー……っ!」
エリー王女は声を聞いたタイミングで立ち上がり、声の主の元へ走っていた。
「セイン様!」
胸の中に飛び付き、ぎゅっと腕を回す。
「ごめん、会いたくなって来ちゃった」
「嬉しい……」
サラは思わぬ展開に両手で口を抑えた。




