第145話 責任
「レイがセイン様に戻って国に帰ったのは、シトラル陛下がエリーとレイの関係を知ったからだ」
「えっ……」
どんっと下に突き落とされたように血の気が引いた。
「陛下はセイン様の身の安全を優先し、返還することを決められた。しかし、レイを許したわけじゃない。側近の立場での陛下への裏切り、同盟の契約不履行、エリー様に対する不純な行為で陛下はお怒りだそうだ」
「そんな! それは私が全て悪いのに! 何故お父様は私に直接罰を与えないのでしょうか!」
立ち上がりアランを責める。
「罰なら受けただろ? レイは死んだ。セイン様はレイとして過ごした記憶を一切持たない」
「記憶がない……」
生きていてくれたことは嬉しい。でも今いるのはセイン様であって、私を愛してくれたレイではないということ。もう同じように愛してはくれないのだ。
スカートにシワが出来るほど両手を握りしめる。
「問題はそれだけじゃない。このことがきっかけで両国の関係が上手くいっていない」
「上手くいっていない……。聞いたことがありますが、本当だったのですね……。それも私が原因だった……」
エリー王女に対するリアム国王の態度はいつもと変わらず、それはただの噂にすぎないと思っていた。しかし、シトラル国王とリアム国王との間には亀裂が入っていたのだ。
原因が自分にあったにも関わらず、何も知らずにただ日々を楽しんでいた自分に沸々と怒りが沸いてきた。
「アラン、今からリアム陛下へ謁見は可能でしょうか? これは私の責任です。謝罪を行います」
「これは国としての問題。シトラル陛下に任せるべきだ」
「では一個人として謝罪します。一年以上経った今も関係が修復出来ていないのが現状ならば、私がなんとかしなければなりません」
アランを真っ直ぐに見下ろし、一呼吸置く。
「これは命令です。リアム陛下に謁見の許可を」
「……すぐに手配致します」
アランは素早く立ち上がり、部屋を出ていった。
「アルバート、詳細な情報を一から教えて下さい」
残ったアルバートから、アランとアルバートが知った時期や経緯、セロードから聞いた全てをこと細かに教えてもらう。
「お父様は、私にレイ……いえ、セイン様と会って欲しくないと思っているのですね……」
セイン王子もこのことを知った上で"会えない"と言ったのだろう。
エリー王女の握りしめた手に力がこもる。
◇
闇が濃くなった夜十時頃、リアム国王と会うことが出来た。
「お時間をいただきましてありがとうございます」
「こちらこそ、遅くなって申し訳ない」
客室に通されたエリー王女は、リアム国王と向かい合うようにソファーに座る。側近三名は立って側に控えた。
「今日は何か話したいことがあるそうだが?」
「はい。私の不徳の致すところによりリアム陛下、並びにセイン王子にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げに参りました」
その場で深く頭を下げ、そのままの姿勢で言葉を続ける。
「まず初めに、弊国との同盟の際にお約束した者以外の我々三名に情報が漏洩したことに対しての謝罪。次に私の軽率な行動により国と国との関係を悪くさせてしまったことに対し心からお詫び申し上げます」
エリー王女は顔を上げ、リアム国王をしっかりと見据える。
「話を聞くところによりますと一方的にセイン様に非があるような形になっておりますが、全ての非は私にございます。自分の立場を利用し、レイ……いえ、セイン様を誘惑したのは私です。誠に申し訳ございません。この度の件につきましては私が全責任を取り、両国の関係修復にあたらせて頂きたいと思います」
リアム国王はエリー王女の謝罪に対し、少し間を空けた後に口を開いた。
「エリー王女。責任はそれに応えたセインにある。また、当事者である貴女にセインについて何も伝えなかったことは此方からお詫びを申し上げたい。すまなかった」
リアム国王が頭を下げる。思ってもいなかった謝罪にエリー王女は目頭が熱くなった。
「寛大な……御心を示していただき……ありがとうございます」
エリー王女はもう一度頭を下げ、涙を堪えた。
「では、両国の関係修復について私から提案があるのだが聞いてくれるか?」
顔を上げると、ずっと険しい表情をしていたリアム国王が優しく笑みを浮かべている。
エリー王女は小さく呼吸を整え、背筋を伸ばした。
「勿論です。お伺いします」
たとえセイン王子と二度と会えなくても自分の責任は取らなければならない。
王女として、どんなことでもしよう。
心構えをしたエリー王女はリアム国王の提案に耳を傾けた。




