第141話 興味
セイン王子は幼い頃から恋愛をしている暇がなかった。
剣技を磨き、外の世界を見て回る生活。
荒んだ世界に身を投じ、自国のことだけを考えていた。
そんな自分が恋?
それも誰も言えない相手に……。
セイン王子は頭を擦る。
レイの感情が出てきたのは初めてで、自分とは違うところに誰かが居るような感覚に戸惑った。
忘却魔法がしっかりと掛かっていないのだろうか。
「セイン、どうした?」
リアム国王が心配そうに見つめる。
「……いえ、何でもありません」
心配させないように笑顔を作り、視界に入ったエリー王女にも微笑んでみせた。エリー王女はまたさっと視線を反らす。
ズキンと痛む胸に、レイの想いが重症であることがわかる。
レイには叶えることが出来なかった想いは、今の自分なら叶えてあげられるのでは?
セイン王子はまるで他人事のようにエリー王女に興味を持った。
「エリー様、もし宜しければ食事の後、二人でお話でもいかがでしょう」
「え? あの……は、はい。喜んでお相手をつとめさせていただきます」
エリー王女の返事に嫌そうな素振りがなく、ほっと胸を撫で下ろした。それと同時に心が弾むのを感じた。
これが恋なのか……。
◇
夜の庭園を僅かな灯りが点々と道を照らす。セイン王子の腕に手を添えてゆっくりと歩くエリー王女はまだぎこちない様子である。
アランはエリー王女とセイン王子が会ってから、終始、エリー王女の態度に冷や冷やしていた。
何も話さなければ、目も合わせない。これではセイン様にも悪印象だろう。今回は失敗に終わってしまうかもしれないと思っていた。
しかし、セイン王子からの誘いとセイン王子の流した涙。レイの記憶が僅かに残っているのかもしれないとアランは期待した。
「なんだか覗き見しているみたいで嫌ですね……」
アランの隣を歩くギルがぽそっと呟いた。
セイン王子とエリー王女の声が届かない距離を保ち、三人は後を付ける。
「こればっかりはしょーがねーな。まぁ、二人は見られることに慣れてっしょ。ってか、セイン様は日頃女性と二人で過ごしたりしてないっちゅーこと?」
アルバートがギルの肩に手を回し、声を潜めて聞く。
「ないですね。縁談を勧める声はありますが、リアム陛下が止めていらっしゃいます。まぁ、陛下もまだですし……」
「へぇ~、リアム陛下が……。なぁなぁ! 俺たち、セイン様とエリー様をくっ付けようとしてるんだけど、協力してくんない?」
「え? だってレイと同じ顔してるのに難しくないですか?」
「だぁ~いじょうぶ! エリー様はレイみたいなタイプが好きらしいから」
「そうなんですか? それはもしかして……レイのことが……」
ギルが目を見開くとアルバートは意味深に咳払いをした。
「そうでしたか……。だからあれほど衰弱されていたのですね……。エリー様が混乱されるのも無理はありません……。俺、レイが生き返ったのかと思ったくらい驚いたので……。そうだ! 性格とか話す内容とかも同じって凄くないです? ってか、二人ともあまり驚いていないですよね?」
アランはギルの反応を見て、ギルはセイン王子の正体については何も教えて貰っていないのだと悟った。
「驚いている。……しかし、性格も似ているならセイン様もエリー様を気に入るかもな」
アランは真面目な顔をしてギルの肩を叩く。
「え? えぇ!? レイもエリー様のことを好きだったということですか?」
「なんのことだ? 俺たちは何も言ってない」
「えー! アランさん、それはズルイですよ! そこまで言うなら教えて下さいよ~!」
「まぁ、いーじゃん。二人はきっとうまくいくと思うからさ! 協力してよ!」
アルバートまではぐらかすため、ギルは不服そうに二人を交互に見つめて息を吐く。
「協力って言っても、俺、何も出来ないですよ? それに俺が裏で手を引くような真似は出来ないです」
「いいねー。すっげー側近ぽい」
「え? そうですか? へへへ」
「側近ならちゃんと自分の目で見て判断しなければならない。協力するかはギルの判断に任せる」
アランに言われてギルの背筋が伸びた。
「はい」
「そうと決まれば、覗き見だな!」
「なんか言い方が良くないです」
「いいんだよ、意味が伝われば!」
三人がわいわいと話している声は、セイン王子とエリー王女の耳に届いた。
「三人とも楽しそうですね」
エリー王女が後ろ振り返ると、笑みを浮かべた。
「ギルは二人と友達なんだね。なんかいいな……。じゃあ、俺たちも負けずに楽しもう? ね?」
セイン王子がエリー王女の視界に入るように顔を覗き込む。それはレイもやっていた仕草だった。
「セイン様……。はい……」
「良かった」
にこりと笑う笑顔に胸がぎゅっと締め付けられる。
ここまで似ている人っているの……?
頭ではレイではないと否定しているのにレイを探し、求めていた。更に困ったことは、エリー王女の胸はときめいているのだ。
セイン王子に失礼であるとは分かっていながら抑えられない。
私は……。
「エリー様、着いたよ」
「ここ……ですか?」




