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第135話 重なる人物

挿絵(By みてみん)


 客室に通されたギルは手に汗を握ったまま、使用人が淹れる紅茶をじっと見つめていた。


「緊張してる? あ、良かったら飲んで?」


 セイン王子は人懐っこい笑顔をギルに向け、紅茶を勧める。笑顔も声もレイに似ていて、胸が苦しい。


「あ、ありがとうございます」


 促されるまま震える手でカップを掴み、紅茶に口をつけた。


「突然連れてこられたらそりゃ緊張しちゃうよね。ごめんね。ギルとゆっくり話がしたくなっただけなんだ」

「……私も……セイン様に会いたいと思っていたので」

「俺に? 何か用件が?」

「あ、いえ……そうではなく……」


 用件……。

 考えてみれば会ってどうするつもりだったのか考えていなかった。


 ギルはなんて答えていいか分からず視線を落とす。


「んー、亡くなった彼と関係があるのかな? セルダ室長が推薦するのもその彼が関係しているみたいだし」


 セイン王子が眉を下げて気遣いを見せたため、ギルは頭を下げた。


「さっきセルダ室長が言っていたことですが、私はセイン様が側近をお探しだというお話は先程初めて耳に致しまして……。ですので……あの……失礼ながら私にはそのような大それたことは……」

「うん、そうかなーと思っていたよ。んー、でも何故セルダ室長がギルを推薦したのかが知りたいかな。何か意図があるんじゃないかって。ねえ、嫌じゃなければ亡くなった彼について教えてくれる?」


 ギルもセルダ室長が何故側近に推薦したのか分からなかったため、セイン王子の質問に考えるように頷く。


「はい……。私は聖職者として教会におりましたが、教会からある人の元に行くようにと言われました。その場所は閉ざされた世界で夢も希望もありませんでした。そんな時、彼に会ったんです。名前は、レイ」

「レイ……。ギルが俺を見て呼んだ名前だよね」

「はい、すみません……。とても……似ているんです。セイン様はレイに……とても……」


 名前を出すと目頭が熱くなるのを感じ、ギルは慌てハンカチを取り出した。


「レイは力になるって言ってくれて……私に希望をくれました。そして命懸けで二度も命を……救ってくれました……それなのに………………すみません……ちょっと……」


 次から次へと涙が溢れ、言葉に出来ない。


「いいよ、無理しないで。思い出させてごめん」

「いえ……すみません……私が…………」


 セイン王子に会いたかった理由。

 それはレイにもう一度会って伝えたかったことがあったから……。


「レイ……ごめん……。あの時、無理をしてでもレイを完全に回復さえしていたら……。レイに何一つお返しが出来なくて……本当にごめん……」


 セイン王子をレイに見立て謝るギルに、セイン王子はただ黙って聞いていた。


「ギル……ありがとう。ギルのせいだとは思っていないし、お返しも欲しいとは思っていないよ。ギルもそれは分かっているでしょ。ね?」


 顔を上げるとセイン王子は微笑みを浮かべている。それはとても優しい笑みだった。


「セイン様……ありがとうございます……」

「ううん。きっと……セルダ室長はレイに似ている俺なら、ギルの足枷が取れると考えたんだろうな……」

「そんな……! もしそんな理由なら本当、失礼にも程がありますよね! 大変申し訳ございません!!」


 ギルは慌てて頭を深く下げた。


「あはは。これは単に俺の予想だから気にしないで。それより、ギルはなんでアトラス城に正式に仕えないの? 聖職者に戻るとか?」

「いえ……私は育ててくれた人が聖職者でしたので、そのまま聖職者の道を選びました。しかし、そこは自分を必要としていませんでした。ですので、そこに戻ることは出来ません。アトラス城では皆さんとても良くしてくださいます。しかし、どこか虚無感があるのです」


 ギルの答えにセイン王子は難しい顔をして真っ直ぐ見据える。


「ギルの魔法には希少価値がある。誰もが側に置いておきたいと思うだろう。大金を出す者やギルを攫う者もいるかもしれない。悪用するためにギルの魔法を欲する人も出てくると思う。だから、早めに信頼のおける人の側に仕えた方がいい」

「レイも……レイも同じ事を言っていました……」

「あー……そう? レイとは顔だけじゃなく性格も似てるってことなのかな? なんか面白いね」


 あははとおどけてみせるセイン王子は、身分の高い王子という感じが全くしない。懐かしくて、暖かくて、とても安心することが出来る不思議な人だった。


 もし、この力を必要としてくれるなら……。

 もし、側にいてもいいと言ってくれるのなら……。


 ギルの心が急に騒ぎ出した。


「あ、あの……側近というとやはり強くないといけないものでしょうか……」

「んー、強さは大丈夫。ギルだったら補助してくれるだけで十分だと思う。むしろ俺がギルを守ってあげるから。なんてね……え? 何?」


 またギルの瞳から涙が溢れてきた。




 どうしてこうまで似ているのか……。




「セイン様、もしも……。お側に置いていただけるのであれば是非お願いしたいです。この国のことなど一生懸命覚えます。魔法ももっと覚えます。私はセイン様にお仕えしたいです」

「ギル……」


 ギルがソファーから下り、跪くと深く頭を下げるとセイン王子は戸惑いの声を上げた。






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