第134話 側近候補
◇
ギルは深いため息を何度も吐いた。
セイン王子の瞳をキラキラと輝かせる姿、声やセリフ。
どれもレイと重なってしまうから。
もっと話してみたい。
「なぁに、ギル。まるで恋しているみたいじゃない?」
研究室の手伝いをしていたギルはセルダ室長に指摘されて慌てた。
「な、何を言っているんですか!? セルダさん、冗談は顔だけにして下さい!」
「ちょっと、それどういう意味よ! 大体、セイン様になどそうそう会えるものじゃないわよ。毎日毎日暇さえあれば庭園に行っているみたいだけど」
セルダ室長が言うようにギルは、あれから一週間毎日セイン王子と会った庭園に足を運んでいた。もしかしたら会えるかもしれない。そう思ったからだった。
「会えないのでしょうか……」
盛大にため息をつくギルに、セルダ室長はふふふと笑う。
「セイン様についていい情報を手に入れたんだけど、聞きたい?」
「聞きたいです!」
「ふふふ。じゃあ、これ飲んだら教えてあげるっ」
おどろおどろしい色をした先程完成したばかりの魔力用回復薬を目の前に置かれた。
「うっ……死、死なないですよね……」
「大丈夫よぉ~多分ね! ほらぁ、知りたいんでしょぉ?」
セルダ室長は色々な情報を集めそれを利用して実験体を探している。今回もそれに見合った情報なのだろう。
「うううっ……。ええいっ!」
ギルは意を決して飲み干した。
「うっ……!!」
あまりにも酷い味と臭いに吐き気をもよおし、用意されたバケツを抱えて外へと駆けていく。
これは我慢できない。
ギルは建物の影に隠れて体内にあるものを吐き出した。
役に立つのは嬉しいが、実験体は結構しんどい。
なかなか落ち着かず、ずっと蹲っていると誰かが背中を擦ってくれた。
「大丈夫? 実験失敗?」
声に反応し振り返ると、セイン王子がいた。
「セイン様!? す、すみません、お見苦しい所をお見せいたしっ……うぅっ……」
セイン王子は優しく背中をさすってくれる。嬉しいやら恥ずかしいやら情けないやら。複雑な心境でギルが吐いていると、セイン王子が疑問を投げかけてきた。
「あのさ……自分に治癒魔法ってかけられないの?」
「……え?」
「え?」
◇
「あはははは! ギルって面白いね! きっとセルダ室長は気が付いていたんじゃないかな?」
「そんなに笑わないでください。物凄く情けなくなりますので……。そうですよね。普通は試しますよね……。ああ、ですが、助かりました。ありがとうございます」
あの後直ぐに自分に治癒魔法をかけ、体調は落ち着いた。ギルがぺこぺこと頭を下げていると、研究室からゆっくりとセルダ室長が歩いてくるのが見えた。
「あら~? もしかしてセイン様~? すごぉ~い! 本当、レイに似ているのね~」
「ちょっ、セルダさん! 失礼ですよ!」
セルダ室長は気にせずセイン王子を舐め回すように見つめている。ギルはセルダ室長の態度に気が気じゃなかった。
「初めましてセルダ室長。アトラスからの報告書はかなりの有益な情報となっています」
「あら、声まで似ているのね~。こっちもかなり良い情報を頂けてるわ~。ありがとうございます」
二人が握手を交わすとセルダ室長がニヤニヤしている。
「何か?」
「セイン様、噂によると今、側近をお探しなんでしょ? この子どうかしら?」
セルダ室長の目線の先を辿るとそこにはギルしかいなかった。セイン王子とセルダ室長の視線が向けられ、ギルは慌てた。
「ちょ、セルダさん! 突然何言ってるんすか!? 俺が側近なんて恐れ多過ぎますよっ! すみません、セイン様」
「彼はアトラスにとって有益な人材。こちらのわがままで頂くわけにはまいりません」
セイン王子が優しい口調で断ると、セルダ室長は嬉しそうに目を細める。
「この子はシトラル国王に忠誠を誓ったわけじゃないのよ? ある男に付いていこうと決めていたのに、その男が死んじゃったもんだから、とりあえず魔法薬研究を手伝ってるだけなのよ。この子は自由。誰のものでもないの」
「では、何故俺の側近に?」
「そおね~、セイン様に会ってこの子の瞳の色が変わったから……かしら」
嬉しそうにセルダ室長が笑うが、セイン王子は困っているように見えた。
「それは、俺に忠誠の誓いを立てる理由には少し不足してるかな」
「そうかしら。でも、この子はあなたの役に立つと思うわよ。考えてみてもいいんじゃないかしら?」
セルダ室長の自信満々の態度に、セイン王子はギルに視線を送った。何を考えているのか分からないが、じっと顔を見つめられては落ち着かない。自分は側近になるつもりはない。と言えばいいのにギルの口からはその言葉が何故か出てこなかった。それは自分でも不思議だった。
「ギル、こちらへ」
セイン王子が踵を返すとギルはセルダ室長を見た。顔で行けと言っているセルダ室長に頭を下げて、ギルはセイン王子の後を追った。




