第133話 セインとギル
エリー王女がK地区に住み始めて暫く経った頃、ギルはセルダ室長に連れられてローンズ城を訪れていた。
明るく華やかなアトラス城とは違い、ローンズ城は威圧的で厳かな風格がある。入り組んだ城内を兵士が先導し、重い荷物は使用人達が運んでくれていた。
ギルは辺りをキョロキョロと見渡しながらセルダ室長の後ろに続く。
「ほら、よそ見してると迷子になるわよ」
「は、はい」
ギルは慌ててセルダ室長の横に並んだ。
「一ヶ月滞在するんだから、あとでゆっくり見れるわよ」
「はぁ、なんだか緊張します……。本当に俺なんかが来て良かったのでしょうか? 入ったばかりの俺が役に立つとは思えないです」
「あら、実験台にもなるし、回復魔法も役立つじゃない。助手よ、助手」
セルダ室長がいつもより楽しそうに見えるのは新しい研究が出来るからだろう。少しでも役に立てるのならと付いてきたが、ここに来て怖じ気づいていた。
向かう先はローンズ城内の魔法薬研究室。今回二人は、年に一度行われる魔法薬研究の情報交換会に呼ばれていたのだ。
「こちらです」
案内されたのは、大きな庭園を横切った先にある白くて四角い建物だった。兵士が扉を開けるとセルダ室長は遠慮なくずかずかと中に入っていく。
「こんにちは~。ど~も~お久しぶり~。いや~ん! これ今何を作ってるのおおお?」
ギルも慌てて中に入ると困惑した人達の顔が目に飛び込んできた。無精髭を生やした年配の男性がセルダ室長の前に出てくる。
「よ、よくいらっしゃいましたセルダ室長。今作っているのは回復薬です。しかし、なかなか上手くいっておりません。えっと、彼が噂の……? 申し遅れました、室長を務めておりますビールスです」
「初めまして。ギルと申します。お役に立てるか分かりませんが宜しくお願いいたします」
ギルが挨拶をするとビールス室長はあからさまにほっとした表情を見せた。
「ギルくん、こちらこそ宜しくお願いします。では、早速で悪いんだが回復魔法を見せて貰っても?」
「はい!」
ギルはビールス室長に付き、自分の知る限りの補助魔法を見せる。ビールス室長の他に三人の研究者も集まり、初めて見る補助魔法に関心を寄せた。
「おお、凄い。これが補助魔法か。これを魔法薬にすることが出来れば……!」
好感触を得てギルが胸を撫で下ろすと、遠くで見ていたセルダ室長がうんうんと笑顔で頷いた。
◇
セルダ室長とギルがローンズ城を訪れてから三日経った頃。リアム国王の私室でセイン王子が小さな不満をぶつけていた。
「兄さ~ん。そろそろ俺も公務をさせて欲しいな」
ローンズ王国に戻ってから五ヶ月たち、リアム国王はようやくセイン王子の回復を公表した。しかし数週間たった今もまだ城内で療養しているふりをしている。普段はリアム国王の手伝いをしていたが、そろそろ自分の力を試してみたかった。
「まだお前の側近が決まっていない。公務にでるのはそれからだ」
「うーん。側近かぁー……。出来るなら気が合う人がいいなぁ……。候補者はいるんでしょ? じゃあ、その人達を教えてよ。こっそり見てくるから」
セイン王子はリアム国王からリストを貰い、ふらふらと城内を歩き回る。
ふわふわにしていた髪は、サラサラと流れる髪に戻し、王族としての衣装を身に纏えば、誰もレイだとは思わなかった。レイと仲が良かった騎士達の中には似ているとは思う者もいたが、それでも同じ人物だとは誰も想像することがなかった。
「うーん……」
何人か候補者を見に行ったが、特に感じるものはない。
リアム国王の側近であるハルのように、剣の腕よりも、知識や精神的な補佐をして欲しいのだが、この精神的な、というのが意外と難しかった。
セイン王子は次の候補者のところへ向かうため、綺麗に刈り取られた芝が広がる庭園を歩く。ここはふわふわとしてきて気持ちがいい。少し休もうと腰を下ろしかけたその時だった。大きな荷物を抱えた男がよたよたと歩いてくるのが見えた。
あれでは荷物が多過ぎて前が見えないだろう。
セイン王子はその人物に駆け寄った。
「大丈夫? 半分持とうか?」
「あああ! す、すみません! 助かりますっ」
「じゃあ、受け取るね」
セイン王子がひょいと荷物を半分受け取ると、男の顔がやっと見えた。短い髪に赤い瞳の優しそうな男だ。年は少し上だろう。セイン王子はまじまじと男を観察した。
「本当にありがとうございます! ……えっ……レイ……?」
目が合った瞬間に男は目を思いっきり見開き、固まってしまった。
「レイ……あー……俺はレイという名前ではないかな」
セイン王子は笑って見せた。しかし、その名前は聞いたことがある。それは、アトラス王国にいたときの自分の名前だ。
「あ、いえ……知り合いに凄く似ていたもので、すみません」
男は荷物をガタガタ鳴らしながら頭を下げる。
「いいよ、いいよ。そういうこともあるよね。で、これはどこに運ぶの?」
「ま、魔法薬研究室です」
「あ~、アトラスの人が来てるって言っていたな……。ねえねえ、君ってもしかしてギル?」
「え!? どうしてそれを?」
名前を言い当てられて驚く姿にセイン王子はあははと笑った。
「だって、治癒魔法を使える子が来るって研究者達が喜んでいたから。もう一人はセルダ室長でしょ? 年齢からすると君がギルかなって」
ギルは一つ一つの動作を確認しているかのようにセイン王子をじっと見つめている。セイン王子は潤んだ瞳に心を刺され、逃れるかのように視線を外した。
恐らくギルは、レイと仲が良かったのだろう。
レイがアトラス王国でどういう立ち位置にいたのかセイン王子は知っている。その人物が死んだとなれば悲しむ者もそれなりにいただろう。恐らくギルもその一人。
自国のためとはいえ、人を悲しませてしまったことにセイン王子は心を痛めていた。
セイン王子は荷物を置き、握手を求めるように手を差し出すと、ギルも素直に応じた。
「俺はこの国の王子、セイン。宜しくギル」
「え、えええ!?」
思わず手を外そうとするギルの手をセイン王子はしっかりと握りしめる。
「も、申し訳ございません! このように荷物を持たせてしまい! あのっ……お手をっ……」
跪こうとしているのだろう。一人じたばたと動いているのがおかしくて思わず笑った。
「あはは、気にしないで。んー、あ、そうだ! じゃあ代わりに、ちょっとだけ俺に治癒魔法をかけてくれる?」
「え? それは勿論かまいませんが……」
セイン王子は手を離し、芝の上に座ると目を閉じた。
「では……かけますね」
ぽぅっと体の芯が暖かくなり、心地よい感覚が身体中に染み渡っていくのを感じた。目を開けると柔らかな光が包んでいる。
「何これ……すごく気持ちいいんだけど……。この魔法……本当に凄い……。他にも使えるの?」
「え……、えっと……そうですね、少しなら……」
「凄い! ギル、本当に凄いよ!」
振り向き見上げるとギルは驚いた顔をしていた。




