第127話 変わらぬ距離
「レイは死んだが、別の形で生きている」
「……は?」
セロードの言葉にアランとアルバートは訝しげに顔をしかめた。
「レイに記憶がないことは知っているだろう。それは、レイがローンズ王国のセイン様だからだ」
「……ちょっ……え? は? 生きてるとか、セイン様だとか意味わかんねーんすけどっ」
アルバートは混乱した様子を見せたが、アランははっと息を呑む。
「もしかして……献上した宝がセイン様だった……?」
「え、何? どういうこと?」
アランの心臓が早鐘を打ち、血液が一気に全身に行き渡るような感じがした。混乱するアルバートに向き直り、期待を込めて口を開いた。
「リアム陛下は同盟を結ぶために、王家の宝を献上したと言っていた。それがセイン様だったということだ。レイが記憶をなくした時期と同盟を行った時期も同じだ」
「そうだ。同盟を結ぶ際、セイン様は捕虜としてここに残った。その条件の一つにセイン様のお命を保証することが含まれていたため、陛下は返還を行うことを決めた。何故だかわかるな?」
「そりゃ、このままここにいて、万が一エリー様との関係が露見してしまえば、死罪を言い渡されてしまう。そうなってからでは遅いから……。え? じゃあ、レイは本当にセイン様? 王子なの? あいつが?」
アルバートの瞳にも輝きが増した。
「そうだ。だからレイの記憶を消してローンズ王国へ返還した」
「だからつまり、レイは今、セイン様として生きているっちゅーこと? 死んでねーってことっすよね! おい、アラン! 生きてるってよ!!」
喜ぶアルバートの横で、アランは膝に肘をつき、顔を見られないように手で覆い隠した。
「生きてる……」
かみ締めるようにアランが呟くと、アルバートはソファーの背もたれに背をつけ、天井を見つめる。そしてセロードの言葉を頭の中で整理した。
「王子かぁー……。うんうん、なんか違和感はねーな……。まぁ、色々と良くはねーんだろうけど……。んでも良かった! な?」
それでもレイが生きていると分かり、圧迫されていた心臓が解放されたような気がした。隣に座る身動きしないアランの背中を擦ると、アランは何回か首肯する。
アランもまた喜びを噛み締めていた。
暫く余韻に浸っていたアルバートがふと思いついた疑問をセロードにぶつける。
「レイは何処まで知っていたんすか? 何も知らないまま記憶を消されたんすか?」
「夏、レイは一人でローンズ王国へ渡り、セイン様の記憶を取り戻させた。そこで今後の予定について話し合っている。セイン様がエリー様に刃を向けた者を見つけたいと仰ったため、ハーネイス様のお屋敷の捜査を行って頂いた。捜査が完了し次第、レイを死んだことにしてローンズ王国に戻す予定だった」
「ってことは、レイは全て分かっていた上で過ごしていたのか……。記憶を消すことも知ってた?」
睨むようにセロードを見ると、小さく頷いた。
「なんだよ、死の宣告を受けていたようなもんじゃんか……。あいつ……誰にも言えず、相当辛かっただろうな……」
アルバートの言葉で部屋の中はしんと静まり返った。
――――じゃあ、俺行くよ。エリー様のこと宜しく。本当、俺、アランと出会えて良かったよ――――
ハーネイスの屋敷に行く前に、レイがアランに向けて言った言葉を思い出した。
「くそっ……」
あの時レイは二度と会わないつもりで最後の言葉を言ったのだ。それをどんな思いで言ったのかと想像したら我慢していた涙が勝手に溢れだした。何も気付いてあげられなかった……。
「ってか、エリー様はレイ……じゃなくてセイン様と結婚すりゃまるく収まる話じゃねーの? ダメなんすか?」
暗く重い空気を打ち破るようにアルバートが声を上げたが、セロードは難しい顔をしたままだった。
「いや、それは出来ない。側近の立場での陛下への裏切り、同盟の契約不履行、エリー様に対する不純な行為で陛下はお怒りだ」
「けど、エリー様のあの様子見たら許したくなるんじゃないんすか?」
「そう思い、私からも何度も陛下に掛け合ったが、お許しにはならなかった。私も出来ればセイン様とうまくいってほしいとは思うが、陛下は頑なに拒否されている」
「嘘だろ。何も問題ねーじゃん。レイだって十分罪は償ったっしょ……。じゃあ、エリー様にこそーっと教えちゃダメっすかね」
「今回の件でローンズとの関係もあまりよくなくなった。エリー様に伝えたところでまた引き離されてしまってはあまりにも酷だ。セイン様の記憶もないし、陛下がお許しになるまでは止めた方が良い」
「はぁー……何か良い方法ないんすかね……。俺、もぅぜってー、二人をくっつけたい。それしか考えらんねぇー」
アルバートが頭を捻っていると、アランが顔を上げた。
「……なぁ、親父……。レイ……いや、セイン様にお会いすることは出来ないのか?」
「それは難しい。アトラスには入国禁止としている。また、外交の際もエリー王女がいるときは参加させないようにとリアム陛下と取り交わした」
「シトラル陛下……そんなにまで会わせたくないんすか……。あいつ、この国を救ったんすよ?」
アルバートが怪訝な表情を浮かべる。
「それはそうなんだが……」
シトラル国王は今、何もかも信じれなくなっている。それをセロードは二人に伝えるのを躊躇った。
セロードは自然と大きな溜め息をつく。
「とにかく今は陛下の気持ちが変わるのを待つしかない。それかエリー様が他の人を選んだならそれはそれで良い」
「うーん……」
アルバートは納得いかない様子を見せ、アランはただ難しい顔をしていただけだった。




