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第120話 信頼の行方

 アトラス王国の王都は、国色である深紅の旗があちこちに飾られ、華やかに彩られていた。


 今日はシトラル国王の生誕祭である。


 路面はところどころ雪で白く染まってはいたが、王都は熱気に包まれていた。いたるところで歌と躍りが始まり、行き交う人を楽しませる。数々の屋台からは食欲をそそる匂いが漂い、宙を舞う雪に混じって色とりどりの紙吹雪が舞った。


 通りの沿道に列をなす大勢の人々がわっと声を上げた。


 騒がしい音楽に負けないくらいの音を鳴らしながら、各国の国王や、アトラス王国の王族、貴族が乗る豪華な馬車が次々と通り過ぎていく。人々は、一目他国の王の姿を見たくて首や足、はたまた手を伸ばした。

 馬車はアトラス城を目指している。




 ◇

 

 正装した来賓客が次々とアトラス城のホールに集う中、エリー王女は順番に謝辞を述べながら迎え入れた。


 ローンズ王国のリアム国王が現れるとホール内の空気が変わる。相変わらず身に纏うオーラは、どの来賓とも比べ物にならないほど圧倒的だ。緊張しながらもエリー王女は声をかけた。


「ご無沙汰しております」

「暫く体調を崩されたと聞いていたが、もう大丈夫そうだな」


 気遣わしげな優しい声色にエリー王女はほっとしたような笑顔を見せる。


「はい、お陰さまで元気になりました。あの……セイン様の様子はいかがでしょうか?」

「いや、相変わらずだ」


 リアム国王は顔色一つ変えずに嘘をついた。


 セイン王子がアトラス王国に戻ってから数ヶ月は経ったが、まだ眠っていることにしていたからだった。それはセイン王子とレイが同じ顔を持つがゆえに、同一人物であると思われないようにするためである。


 セイン王子からレイの記憶をリアム国王が消し去ったあの日――――。




「あれ? どうして俺の部屋に? アトラス王国に行って同盟を結びに行ったはずだよね?」


 ベッドの上で、セイン王子は困惑した表情を浮かべる。


「あれから四年以上の月日が経っている。セインはアトラス王国の危機を救い、信頼を得た。そのため、セインとして生きることをシトラル陛下は許されたのだ」

「俺が? 本当に? そっか……良かった。この国は少しは良い国になったのかなぁ? ね、兄さん、色々と教えて」


 瞳を輝かし、希望に満ちたセイン王子は昔と変わらなかった。


挿絵(By みてみん)


「ああ、勿論だ」


 リアム国王はセイン王子が戻ってきた本当の理由は伏せた。言えば自分を責めるだろう。準備が整い、記憶を取り戻せる日が来れば分かることだと、リアム国王は何事もなかったように、セイン王子が失った四年間を埋めていった――――。




「そうですか……。早く回復されることを願っております」

「心遣いに感謝する。ではまた後ほど」


 リアム国王はいつかセイン王子とエリー王女が再び出会えるようにしたいと考えていた。しかし、現在のシトラル国王との関係性を考えると叶うことはないだろう。こうやってエリー王女と長く話すこともあまり良くないと考えたリアム国王は、会話もそこそこにエリー王女の側から立ち去った。


 次の挨拶の相手はデール王国のバルダス国王とジェルミア王子である。

 媚びへつらうバルダス国王の一歩下がったところにジェルミア王子はすらりと立っていた。本当の親子かと疑うほど似ていない。


 バルダス国王はジェルミア王子との婚姻を強く勧めていた。

 だからだろう。バルダス国王は挨拶を早々に済ませ、ジェルミア王子に譲った。


 以前から噂が大きかった二人の様子をリアム国王は遠くからじっと様子を探る。


 傍から見れば二人は確かに仲良く見えた。

 レイが亡くなった後もしばらくは側で寄り添っていたと聞く。


 婚姻を急ぐアトラス王国としては、ジェルミア王子は有力候補だろう。それに他にも候補者がいる。

 周りを見渡せば、様子を伺っている者が多くいた。


 早めに手を打たなければ間に合わない。


 リアム国王のやることは一つ。

 シトラル国王の信頼を取り戻すことだった。




 ◇


 エリー王女の命を狙っていたディーン王子も父親のサラディス国王と共に訪問していた。


 エリー王女を殺し、サイラスが王になればハーネイスはシロルディアの繁栄を約束すると言っていた。しかし、ハーネイスが亡くなり、サイラスも爵位剥奪となった今、約束は無効である。


 そのため、エリー王女を殺す必要はなくなった。


「サラディス陛下、ディーン様、遠くから良くぞおいでくださいました」

「おお、エリー様。相も変わらずお美しいですな」

「ありがとうございます。ディーン様、その節は大変失礼な態度で本当に申し訳ございませんでした」


 ディーン王子は初めて会った時のことを思い出した。

 上の空で自分の話など何も聞いていないエリー王女の様子に腹を立てた時のことを。


「いえ、あの時は後宮から初めて公の場に出て、お披露目パーティーでしたからね。慣れないことをしては翌日、熱が出たのも無理もありません」


 ディーン王子は小さなことだと言うように笑みを返す。


「広いお心に感謝いたします。今度はゆっくりとお時間をいただければと思います」


 ぱっと華やかに輝く笑顔に、ディーン王子は一瞬息をするのを忘れてしまった。

 これほど美しかっただろうか。


 疑うことも知らない純粋な瞳に、歪んで醜い自分の心を鷲掴みされたように感じた。


 エリー王女を殺そうとしたこの汚れた手で、白く柔らかなそうなきめ細かい肌に触れてみたい。

 艶やかな髪に手櫛を入れて乱してみたい。


 こんなに年の離れた少女に感じた欲望に、ディーン王子は驚き戸惑った。


「勿論です。ああ、そういえば、リアム陛下と仲がよろしいのでご存知かとは思いますが、セイン様がお目覚めになられたそうですね」


 多くの情報は国交を行うのに役立つため、ディーン王子は各国各場所に密偵を忍び込ませていた。いつ何が役に立つか分からない。ディーン王子は情報を得ることで、シロルディア王国を強く大きくすることを考えていた。

 

 そしてディーン王子は次の手を模索しているところだ。


 それなのに、いつか何かに使うためにとっておいた情報を、何故かエリー王女の気を引くために口走ってしまった。


「え? そのような話は聞いておりませんでした。ですが、大変喜ばしいことですね」


 エリー王女は驚き、顔を曇らせた。しかし、直ぐに柔らかな表情に変える。

 何もかも純粋に受け止めているのだろう。


「まぁ、噂ですからね。それか公表出来ない何かがあるのかもしれませんが」

「そうですね。いずれにしても、セイン様がお目覚めになられたことが本当であればいいと思います」


 自分にではなくセイン王子のことを考えて嬉しそうにする姿に、胃の中が燃えるように熱くなった。




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