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第110話 それぞれの日々

 多くの人々が嘆き悲しんだあの日から一ヶ月。外はすっかり寒くなり、今年最初の雪が降りだした。


「エリー様、ギル様がいらっしゃいました……」


 マーサの声はエリー王女の耳に届いているか分からない。

 ずっとベッドの上で過ごすエリー王女は、心を閉ざし声を発することもしなかった。その瞳は何も映していない。


挿絵(By みてみん)


「ギル様、お願い致します……」

「はい。今日も水分だけですか?」

「はい……」


 果汁やスープなどはマーサが少しずつ補給させている。しかし、このままでは痩せ細って動けなくなるだろう。既にふっくらしていた頬や体には衰えが見えていた。


 回復といっても万能ではない。傷や疲れは癒すが、衰えた筋肉や脂肪を戻してはくれないのだ。それでもギルは毎日エリー王女の元に通った。


「それでは私はこれで……」

「ありがとうございます」


 魔法をかけ終わるとギルは早々と部屋を出る。

 廊下はひんやりとしていて、体が軋んだ。口から白い息が漏れる。

 窓ガラスに映るギルの顔も、覇気を感じられない。


 ギルにとってレイのいないこの城は、レイが言っていた"いいところ"には思えなかった。


 だけど……。


 ギルはずっと悔やみ、自分を責めていた。

 あの日、自分に力があればと。


 だからこそ、レイが望んでいたことを無我夢中でやっていた。

 騎士団の補助。王室医師、魔法薬研究所の手伝い。

 特に魔法薬の研究には力を入れており、暇さえあれば魔法薬研究所を訪れていた。


 今日はセルダ室長から聞いたことをアランに伝えるため、隣の側近室の扉を叩く。


「どうぞ」


 中から顔を出したアランの顔色も良くなかった。アランもまた、レイの死をまだ受け入れきれていないのだ。

 部屋の中はとても静かで、歩く音が大きく聞こえる。


 招き入れられたギルは向かい合ってソファーに座り、早速本題に入った。


「レイの遺体の件、セルダさんに確認しました」

「どうしたと?」

「……燃やしたそうです。骨はセロードさんに渡したと言っていました」

「燃やした? 埋葬じゃなく?」

「はい、腐敗が酷くなったからだそうです……」

「そうか……やっと休めるんだな……。墓、作ってやらないと……」


 アランはほっとしたように呟いた。


「場所……決まったら教えて下さい……。あ、あと、アランさんも回復魔法をかけますよ……眠れていないんですね……」

「……ああ……頼む……」


 アランは表情なく伝え、静かにギルの魔法を受ける。


 心も癒すことが出来ればいいのに……。

 やはり自分は無力なんだとギルは感じていた。


「……あまり溜め込まないで下さいね。じゃ、俺行きます」


 ギルが立ち上がると、アランは僅かに笑顔を作り、片手を上げた。


「たーだいまぁー。お、ギルじゃん。回復魔法出張中? んじゃ、ついでに俺もよろしこ!」


 そこにアルバートが勢いよくドカドカと側近室に入ってくる。立ち上がったギルをもう一度座らせ、にかっと笑った。


 レイのポジションであった第二側近は、アルバートが務めることになったのだ。現在はセロードの補佐が主な仕事で、いわゆる研修期間である。


「やべーよ、もぅ、めちゃくちゃ怒られたからな。言葉遣いを気を付けろっつってもよ、こーれがなかなかっ! それ以外は、ちょちょいのちょいと出来るんだけどなぁー」


 アルバートはいつも通り明るく振る舞っていた。そうでもしていないと、城内の重い空気に飲まれてしまいそうだったからだ。


「そういや、ハーネイス様の血族は全て爵位剥奪と決まったそうだ。もちろんサイラス様もな……」

「そうか……」


 アランは深い溜め息をゆっくりと吐いた。





 シトラル国王は苛立っていた。


 爵位剥奪など生ぬるい。

 全員国外追放、いや、死刑にしたいほどだった。ハーネイスの血が混じるものは全て許さない。


「で、エリーはまだあの者のために嘆き悲しんでいるのか!?」

「はい……。やはりエリー様には全てを話し、セイン様と――――」

「ダメだ!! それではあの兄弟の思う壺! 何度も言わせるな!」


 シトラル国王は、セイン王子の行動も全てアトラス王国を乗っ取るための手段だったのだと感じていた。


「セイン様は本当にエリー様のことを――――」

「お前を騙していたのがまだ分からぬのか。エリーを傷物にし、他の者と結婚させないようにし、また、お前に打ち明けることで、簡単にセインは国に帰れた。同盟もそのまま。あわよくばエリーと結婚? おかしいと思わないのか?」


 何もかも信じられなくなったシトラル国王は、聞く耳を持たない。

 穏やかだったシトラル国王は、威圧的な態度に様変わりした。ローンズ王国に対する態度は特にだった。まるで脅える小型犬のように吠えている。


 それでも同盟を破棄しないのは、アトラス王国にとってローンズ王国はなくてはならない存在になってしまったからだ。

 それほどローンズ王国は力をつけた。

 だから余計恐ろしいのだろう。


「真相はわたしにも分かりかねます」


 これ以上否定をしても、怒りに触れるだけ。

 セロードは大人しく身を引いた。




 側近室に戻ったセロードは、良い手はないかと、エリー王女に関する過去の報告書を全て読み漁る。


 何か手を打たなければならない。

 エリー王女が元気になれば、シトラル国王の心も安定するだろう。


 ジェルミア王子もエリー王女を支えるべく協力的に動いてくれていたが、エリー王女の心は死んだまま動かなかった。少し時間が必要だと判断し、帰国してもらった。


 他に前向きになれるきっかけが必要だ。


「ん……? これは……」


 セロードは報告書のとある部分に目を止めた。





挿絵(By みてみん)

アルバート側近服

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