二章・5-6
前回の通り、
いやだなと思ったら、
二行空いているところの後からお読みください。
短いです。
「言ったろ? あれだって」
ロッテルが、震えた声で言ってくる。
「…………」
俺はそれに対して、震えながらうなずくことしかできなかった。
それにしてもなんで、どうして……
「どうしてあいつが空飛んでんだよーっ!」
たまらず、ロッテルが叫んだ。
そう。今俺たちが聞いていた――――否、見ている音の元は、あのサソリのようなモンスター、[スコック・ピローン]だった。
その黒く輝く背中が開き、同じく黒い、薄い羽根がそこから生えていた。
羽根は目に留まらぬほどの速さで動き、あの巨体を宙に浮かせている。
見えるのはただ、速すぎるせいで見える残像だけ。
「なあメリ、俺あれ見て嫌な思い出しか出てこねえんだけど」
「思い出?」
「ああ。子供ん頃、勉強終えて部屋出ようとしたときにブーンって飛んできたんだよな。あれが」
「あれって……あれ?」
俺は疑うような顔そして、現在進行形で高度を上げている[スコック・ピローン]に指を向ける。
「いや、それよりもたちの悪いあれ……、『G』だ」
「『G』? 何それ」
「『G』って言ったら『G』……ゴキブリだ」
「うっ……」
それを聞いた瞬間、吐き気がした。別にゴキブリ自体には何も思わない。むしろ何万年も前から姿かたち変わらず残っている、俺たち人間の大先輩なのだから尊敬する――――なんてことはないが、決して嫌には思わない。ただ、昔見たゴキブリの繁殖の資料映像が頭にフラッシュバックしてきたのだ。これ以上思い出したくないから言葉にはしないが、まあ、察してほしい。
「ほら、そんな感じしないか? あの黒っぽいところとかさ。羽音がまるきしあれと同じなんだよ」
「なるほど。[スコック・ピローン]の由来は『scorpion (サソリ)』と『cockroach』ってわけか」
「んなこたあいいけどよ。あいつ、こっち向かってきてんじゃねえか! どうすんだよ⁉」
「うーん……逃げる?」
「そんな他人事みたいに言うなよ! 逃げるっつったってどこにだ? 今のあいつから逃げられるとこなんざどこにもないと思うが」
「それじゃあ、迎え撃つ?」
「あの硬いのだぞ? 攻撃しても意味ねえのは分かっただろ」
それは俺が一切傷つけられなかったのを、体力ゲージが目に見えて減るほどの攻撃ができたロッテルのセリフではないと思うが。
その減っていた体力ゲージも、今は回復しているようだった。
「でも羽根は? あれなら……」
「確かに。あれには試してねえな」
「俺はさすがに無理だけど、ロッテルならできるでしょ?」
「ああ。あんなデカいもんくらい狙えるっつうの。ちょっと待ってろ」
「それじゃあ俺は……」
ロッテルは岩にバイポットを乗せて、銃口を空飛ぶサソリに向けて狙撃体勢に入った。
そして俺は、あの仕掛けを組み始めたのだった。
銃声が鳴った。
「おぉっ! 効いたんじゃねえか?」
発砲の、そして着弾の瞬間こそ見ていなかったが、銃声が聞こえて敵を見たら、敵が空中でよろめいていた。水平に飛んでいたのが、今は少し傾いている。
「やっぱ飛んでるやつは羽根が弱点だよなっ!」
どうやらロッテルは羽根に狙いをつけているようだ。
赤の光は灯っていないが、それは俺が攻撃していないからであって、本当にそこが弱点なのかもしれない。
でも……
「そう、なのかな?」
俺は手を止めずに、そうつぶやいた
ロッテルの放つ弾が、何発も当たっているのはよく見える。でも、弾の当たるペースで体力ゲージが減っているようには見えない。たまにグッと減ることもあるけど、ほとんどがごくわずかで目に見えて減らないときもある。連射している分それまでに比べれば減っているようにも見えるが、それを一発分に換算したらきっとほとんど無いに近いのだろう。
「やっぱり……」
俺の予想では、弱点は腹部なのだ。普通こう言った生き物は飛ぶことがないので、腹部は常に地面の方を向いている。天敵はその上にいるので、背の部分は固くなっている一方、腹部は弱くなっていることが多い。しかしそれは、さっきの『大きいだけのサソリ』だった時の考えで、こうやって飛んでいるのを見ると違うのではないかと思えてくる。
実際、空飛ぶ[スコック・ピローン]の腹部は背部同様黒く輝いている。
ただ希望はあって、あいつが上空にいる以上こっちに被害はないと思われる。それはほんの今だけの短い時間しか参考になるものがないから確証はないが、上空からあいつが攻撃してくる様子はない。あれはただの移動の行動にも思えるが、もしかすると攻撃可能な、プレイヤー側が有利になるための仕様なのではないかと思えてくる。
いつもは攻撃できなくて、飛んでいるときだけ無防備になる場所。それが腹部だった。
「ロッテル! 腹部を狙えっ!」
「なんでだ? どう見ても固そうじゃねえか」
「いいからっ」
ロッテルが素直に、腹部に銃口を向けた。
はっきり言って、ゲームに見た目なんか関係無いはずだ。どう見てもやわらかそうなものが固かったり、どう見ても高価そうなものがゴミ同然の価値だったり、どう見ても毒みたいなものが回復アイテムだったり、どう見ても壁の場所が実は通路だったり……いや、最後のは違うかもしれないが。とにかく、ゲームなんだから見た目は無視してもいい。何かの参考になるかもしれないが、それはあくまで参考であって実際どうなのかはわからない。あの固そうに見えるのだって、実は弱点――――
「なあメリ、弾全部弾かれてんがこれなんか意味あんのか?」
じゃなかった!
そうだった。《OF》ってリアリティを売りにしているゲームだった……!
「あー、ごめん。予想が外れたみたい。いいよ、羽根攻撃して」
「なんか分かんねえが……」
ぶつぶつ言いながらも、空になったマガジンを捨てて再び羽根を狙うロッテル。
仕方ないよね。忘れてなければそんなことしなかったもん。
でも、これはこれで矛盾だな。本来なら腹部は弱点のはずなのに……。
あ、そもそもこんな生き物現実にいないし、本来も何もないよね。
「すまんメリ、ちいとやりすぎちまったみてえだ」
「へ……?」
ロッテルが撃つのをやめ、空を見上げている。
それに倣って、俺も空を見上げた。
「……っ!」
そして、その光景に、思わず息をのんだ。
「ねえ、ロッテル? これは……どういうこと?」
「あ……っ、いやー、羽根の面積が足りなくなったんじゃねえか?」
「そうじゃなくて!」
「すまん。調子に乗って撃ちすぎたっ!」
空を見上げると、[スコック・ピローン]が下りて――否、落ちてきていた。
「とにかく……」
「あぁ……」
「「逃げるよ(ぞ)!」」
こうして、このチュートリアルで何回逃げれば気が済むのだろうかと思いながら、その場から逃げていった。
次回予告 二章・5-7
※内容省略
次回から分の長さを通常運行に戻します。
更新時間を、日付の変わる0:00から、7:00に変えさせてもらいます。
こちらの勝手で変えてすいません。
(三日後、2015,12/22予定)
お楽しみに。




