二章・5-2
短めです。
編集していないので、誤字脱字等があると思われます。
のちに編集します。
「結局、もとの場所に戻っちまったじゃねえか!」
「まあ、そう……だね」
どちらも悪いわけではない。悪いのはあの敵だ。
「[スコック・ピローン]?」
「サソリじゃねえのか? あれは」
「サソリはさそり座と同じく『scorpion (スコーピオン)』のはずだけど……?」
「んなことはどうでもいい!」
「それにしても……」
「でかい!」「でけえ!」
驚く声が重なった。
さっきまで黒い物体にしか見えなかった敵モンスターは、うまっていた尻尾と二本の大きな鋏のある触肢が出てきて、すごく大きなサソリになった。尻尾の先から鋏の先までは、優に100mはあると思う。
「どうする⁉ メリっ」
「俺はとりあえず、様子を見ながら接近する。そうじゃないと、俺は攻撃できないから」
「【手榴弾】は?」
「さっき模擬戦で残った一個しか……いや、コンビが戻ったからかまた使えるようになってる」
「なら問題ねえな」
「ロッテルはどうするの?」
「俺もとりあえずは接近だな。十分打てる距離だし、あの巨体を外すわけねえが、威力が心配だ。あの固さはまだ動いてなかった時だけだと良いが……」
実際問題、さっきはどんな攻撃も受け付けなかったあの敵だ。
それはコンビを組んでいなかったからだと願いたいが、もしそうでなかった場合、ここから攻撃しても意味がないだろう。
「それに」
「?」
「あいつも見たところ攻撃力なさそうだしな。さっきの群れの奴らもそうだが、どうして敵はこんなに攻撃してこないんだ……?」
「いや、それはたまたまだと思うけど……」
実際、俺は個人のチュートリアルのボスで殺されかけている。
「ま、見たところ制限時間もねえみてえだし、のんびりと倒そうじゃねえか!」
「そうだね」
部隊のチュートリアルで他の人たちを任せていることを考えると、こうもゆっくりはしていられないのかもしれない。でもそれでやり直しを食らうよりは、慎重にいった方がいいはずだ。
俺はそう決めつけて、焦らず戦うことにした。
駆ける。駆ける。駆ける。
スタミナを気にしながら、俺はひたすら敵に向かって走る。
あの巨大サソリ型モンスター――[スコック・ピローン]は、ただ暴れているように見えた。大きさからか動きが鈍い。それは[コノル・ビータス]とは対照的で、案外楽に倒せるかもしれない。
「よしっ」
本当ならもう攻撃できるほど近くまで行けるほど走ったが、『念には念を』で少し離れて様子を見ていた。
結局特に変わったことはなかったが、それはそれでいいことだ。
地面をけり上げ、低めの体勢から一気に敵との距離を縮める。
尻尾が飛び出てきたとき、同時にその反対側の丸い部分が開いてメスのクワガタの角――いや、普通にサソリの頭の部分と言った方が分かりいいかもしれないが、そのような形になった。そこが頭だとするとちょうど死角に入るように、左後ろから攻めていった。
そもそも、このゲーム内のモンスターはどうやって動いているのかが分からない以上、モンスターが目で見て判断しているとは言い切れないのだが、しかし普通なら死角からの攻撃なら奇襲ができるはずだ。
AIなのか戦闘プログラムなのか、はたまた人間が動かしているのか、モンスターの戦闘履歴データを使っているのか……。
そんなことが分かるはずもないが、一つ言えることがある。それは、このリアリティを売りにしている《OF》が、モンスターに対するプレイヤーの位置で攻撃や防御などの行動を決めているなんてことは、まずあり得ないということだ。
たとえば、『プレイヤーが脚の近くに来たら蹴り飛ばす』なんてプログラムが巨人のようなモンスターに組み込まれていたとしよう。
もし正面突破でその地点まで行ったとしたら、そのプログラムには全く問題がない。
だが、背後からゆっくりと脚に近づいたとしよう。攻撃をする前に気付かれるなんてことはまずあり得ない。そのはずなのに、近づいただけで蹴り飛ばされたプレイヤーはどう思うか。
少なくとも、索敵能力など特殊能力がある場合は別としておかしいと思うだろう。はじめは自分の失敗と思うかもしれない。でも、それが何度も繰り返されれば気付くだろう。
『やっぱりゲームはゲームか』、と。
それは決して間違ってはいないが、でも現実でできない動きを敵がしたら、それは苦情が来るだろう。自分たちにはできないのに敵はできる。これは理不尽極まりない。
もちろん羽根のあるモンスターとかだったら、現実で世界でも飛んでいるし何も言われないと思う。
だがもし、人間とまったく同じ大きさで、同じ形の敵がいたとしよう。
その敵が、助走もなしに飛んだと思ったら10m以上ものビルの上にいて、そこから1tはありそうなトラックを片足でけり落として来たらどうなるか……。
さすがにそれはありえないかもしれないが、現実的ではないのは確かだ。
長い長い思考はこれくらいにしておいて。
俺が言いたいのは、リアリティを売りにしている《OF》なら、敵から確認されない位置、すなわち『死角』がモンスターに存在し、そこからの初撃は気づかれないということだ。
先の反省を生かし、〔ジャックナイフ〕は両手持ち。
[ドルベア]をも遥かに凌駕するほどの固さがあるかもしれない。
……いや、もしそうだったら俺の攻撃手段がなくなってしまう。
「そんなこと、考えない!」
強く首を振って、自分に言い聞かせた。
思うことで、それが現実になってしまうことなんてよくある。
そんなことで攻略不可なんてことになったらどうしていいかわからない。
だから、何も考えず、ただ相手を斬ることだけを意識して、頭上に上げたナイフを黒く光る甲殻に思いっきり振り下ろす…………が、
カンッッ
「うっ!」
乾いた音がして手が痺れたと思ったら、手から抜けたそれは空から降り注ぐ日光を反射させながら、俺の遥か後方に飛んでいった。
まだ手がジンジンと痛む。
反撃されたわけではない。
それはある意味、自業自得だった。
ナイフがぶつかったと思われるところには、文字通りまったく傷がついていなかった。
体力ゲージもびくともしない。
「いや、現実なら少しくらいクチクラが傷ついてるはずだけど……」
クチクラとは、生物体の表面を保護する固い非細胞性の構造のことで、要は甲殻と同じなのだが、そんなことなんて今はどうだっていい。
そんな知識が勝手に出てきてしまうほど、俺は驚いたのだ。
確かに自分のレベルは低い。初心者で、さらに今日が初日なのだ。強いはずがない。
だとしても、これはチュートリアル。後々高レベルになってから受けることもできるけども、それでも、チュートリアルであることには変わりはないのだ。
だから大丈夫。
そんな風に思っていたさっきまでの自分の頭を殴ってやりたい。
見ればわかるだろ!
どう考えてもこんなものにナイフ一本で傷がつけられるはずがない!
真っ黒に染まった甲殻の光沢は、とても生物のものとは思えない。
頭に浮かぶのは黒鉛だ。
黒鉛、もとい石墨と言えば鉛筆やシャープペンシルの芯に使われているというのが有名だが、これはダイアモンドと同質異像であり、つまりは化学的組成が同じなのだ。
とはいえ、石墨は固いわけではなく硬度1~2ほどしかない。これは滑石(陶磁器の釉、塗料助剤、減摩剤に使われ、また古墳時代に石製模造品として鏡や剣、玉など祭祀ように使われた)、そして石膏(セメントの製造原料や彫刻材料として使われる)で削れないくらいだ。ちなみに硬度3は、滑石や石膏よりも有名な方解石(ガラス光沢ないし真珠光沢を放つきれいな石(※個人差あり)。大理石や鍾乳石などもこれより成る)で削れないくらいの強さだ。
さて、また頭がおかしくなってきたが…………。
少なくとも、到底ナイフで傷つけられるものではないのだ。(いやもし本当に黒鉛なら、そうでもないのだが……)
「なんだこのかてえのはっ!」
敵を通して反対側から相棒の声が聞こえてきた。
どうやら、ロッテルのところでも同じことが起きているようだった。
「こんなのっ!」
そう思って体力ゲージを見ると、なぜか減っていた。
もちろん全体からしたら微々たるものだが、まったく攻撃が聞かないわけではないと分かっただけでも一安心だ。
でもそれはロッテルの話。
俺はとりあえずロッテルと合流することにした。
「あっ……」
案の定ロッテルの同じことを考えたのか、マップ上のロッテルを現すマークがこちらに向かってきているのを見つけた。
そんなことより俺気がかりなのが、それを追うように敵が体の向きを変えていることだ。
「ロッテル!」
俺がそのことを気付かせようと相棒の名前を叫び、しかし[スコック・ピローン]が動くときに生み出す轟音がそれを掻き消し、声が伝わることはなかった。
「仕方ない……!」
ロッテルに伝えることを諦め、俺もロッテルに向かって走りだした。
念のため、ポケットに数個の【手榴弾】を入れて。
次回予告 二章・5-3
「メリっ! やっぱこいつ――――」
(三日後、2015,12/13予定)
お楽しみに。




