二章・5-3
(見つけたっ!)
飛び散った破片をもろに受けた両脚は、まだしびれるような感覚はある。だが、今はそれを気にしている余裕はない。
ふらつきながらも、俺はあいつ(メリ)と少しでも近づくべく岩の上を移動していく。
この状態でもし接近戦をやったら、足のおぼつかない俺が速さで負けるだろう。
だったら中距離ないし遠距離の方がいいのでは? とも思うが、それだと岩に遮られて狙えない。
だから俺は『岩の上』と言う選択肢を選んだ。
よろけながらも必死に立ち上がり、手だけを頼りに岩によじ登った。
すると、驚いたことにこのフィールドが見渡せるのだ。
スピードをつければ、岩と岩の間もたいしたことなく飛び越せるほどしか開いていなかった。
そして、さっきあいつが逃げていった先を見ると、思った通り、丸見えだった。少なくとも、しゃがまれない限りは十分狙える場所だった。
さっきからやけに命中率が落ちた気もするが、きっとうまく狙えてなかったからだろう。
俺は伏せて、バイポットを立てて構える。
そして、スコープのレンズにあいつの頭が映った。
その頭はこちらを向いていた。
だが、そんなことはお構いなしに、俺は撃つ。
ドゴォンッ!
遠くからそんな音が聞こえた。
ウインドウを見る限り、あいつは怪我をしていないようだった。
「畜生! ばれやがったか!」
攻撃を受けた分、イラつき度がかなり高くなっている。
「くそっ」
俺は狙撃を諦め、走って追うことにする。
「このっ……野郎っ……!」
岩から岩へと飛び撃ちりながら、銃声を鳴らしていく。
別に狙うつもりはない。その目的は、あいつをどこかへ逃がさないためだ。
こんな状態で追っかけっこしても負けるのは目に見えている。
なぜなら俺は、脚をやられたのだ。
「脚……」
その時、頭の中でどうしたらいいのかが分かった。
俺がやられたことを、やり返せばいいのだと。
あいつだって俺と同じ。脚撃たれちゃ動けない。
今だから俺は動けるようになったが、やられてすぐはまったくだった。
つまり、俺が脚さえうてりゃあいつは動けない。スナイパーにしちゃ、手の届く範囲なんざゼロ距離同然だ。
「やったるぜっ」
今度こそ、脚の痛みをまったく気にしなくなり、ただただ報復心だけを胸にあいつとの距離を詰めていく。
「そこかっ! メリ!」
視界に入ってきた岩とも土とも違うものに向けて発砲する。
ついかっとなって胴を狙ってしまったが、それは外れて脚に当たった。
「もう一発!」
今度こそ外さないようにと、もう片方の脚を狙う。
倒れかかっていて、ほとんど動いていない的に、ゼロ距離同然で当てるなんてことは難しくはない。少なくとも、今の俺には。
「ぐっ……!」
何やら呻いているようだが、それに気を留めるつもりはない。
「これでもう逃げられない! お前の負けだっ」
さっさと勝負を終わらせてしまおう。
俺は立ちながら、そいつの頭に狙いを定めた。
「これで、終わりだっ――!?」
引き金を引こうとした瞬間、足元で何か――否、爆発が起こった。
一瞬見えた足元には、さっき使ったはずの蔦が。
俺としたことが、倒すことに夢中になりすぎて不注意になっていたようだ。
何も構えもなしに、ちょうど足元からの爆発を受けた。
俺はそのまま後方に飛ばされ、足が注に浮く。
「痛っ」
爆発で吹き飛んできた岩の欠片が頭に当たった。
ウインドウから、俺の頭の白い光が消える。
「っ!?」
だがそれに驚く間もなく、俺は固い地面に体を強打した。
たまたま下敷きになった左腕と、それを押し潰した胴の光がまた、ウインドウから立て続けに消えた。
これで一対二。部位数で言ったら俺が負けている。
そして現状。一回攻撃判定を受けたからって、その場所の痛みを感じなくなるわけではない。だから、右腕と頭部以外を撃ちつけた俺は、全身がマヒしたような状態だった。
幸いその場所が平らだったからか何かが刺さったような感覚はないが、体のあちこちがピリピリする。腰がジンジンと痛い。左腕には、折れたのではないかと言うほどの激痛が走っている。
「これまでか……」
俺は一瞬、諦めかけた。
でも、よく考えたら動けないのは向こうも同じ。
ウインドウを見ると、右腕だけ残った俺の体と、そして同じく一か所、頭部のみ残ったメリの体が表示されていた。
「なんだ、まだ同点かよ」
何でかは分からないが、きっとおれと同じように倒れたときに判定が出たのだろうと、ロッテルは考えた。
「そうだ、銃っ!」
たまたま右手に握られた銃は、幸いにも無事だった。もともとチュートリアル中は壊れないはずだからそれが当然なのだが、慌てていたロッテルにその考えは浮かばなかった。
「確かなかったはずだよな」
マガジンの残弾数は、ゼロだったはずだ。絶対とは言い切れないが、少ないのは確か。マガジンが無限にある今、替えておいて損はない。
右手を器用に使ってマガジンを変える。
「ふぅ……」
まだまだ体の痛みが治まる兆しは訪れないが、だんだん痛みに体が慣れてきた。きっと現実だったらそうではないのだろうが、ゲームだから実際の体に何の問題もないことが分かっている安心からか、落ち着けるようになった。
「まだ動けねぇか」
右腕を地面について体を起こそうとするが、背中が痛んで曲げられない。左手はもはや痛すぎて感覚がないほどだった。
「だがまあ、撃てねぇこともねぇな」
指こそ動かすことはできないが、肩からなら左腕も動かせる。そこに銃を乗せればしっかりとは言えないが十分狙える。相手は遠距離攻撃ができないんだから、そう焦る必要もない。
サクッ
その時、岩の隙間を通る風の音の中何やら固まった土が踏まれて崩れるような音が紛れて聞こえてきた。
「くそっ、あいつもう動けんのかよ!」
はぁ、とため息をついて、俺は起き上がることにする。
たとえ動けなくたって、立っているだけでも相手を怯えさせる効果があるってもんだ。
音の聞こえてきた方向に銃口を向け、左腕で固定する。
その先から、メリが姿を現した。
「なんだ。もう起きてたんだ」
「はっ、余裕そうだな、お前」
「そっちこそ」
「俺はお前が来るのを気付いてたからな」
「それは俺が気付かせてあげたんだよ? さすがに倒れてる相手に不意打ちはよくないかなーって思って」
「そうやって恐怖心を煽るって寸法か。いい趣味してやがるぜ」
「そりゃどーも。お褒めいただきありがとうございます」
話の内容自体は馬鹿みたいだが、二人とも相手の様子を見ているのだ。あいつがずっと構えているのがその証拠。一切の油断をしていない。
「それで、どうするの? まさか、このまま続ける気?」
「あたりめぇだろ。それ以外に何があるってんだ」
「いやーね、降参してくれるかなー……なんて思ってたんだけど、そうもいかないみたいだね」
「ふんっ、そんなことするかよ!」
正直なところ、降参できることを初めて知った俺だった。
「それじゃ―仕方ないね。手、抜かないよ?」
「そんな弱く見てるとおまえ、火傷すんぞ」
「火傷するのはロッテルの方なんじゃない? ほら、現に二回爆発受けてるし」
「てめぇ、調子乗ってんじゃ――!」
そう言いかけて、やめた。
なぜなら、メリが動き出したからだ。
まっすぐこちらに走ってこないところを見ると、やはりこれ(銃)を警戒しているのだろう。
とはいえ、近づかれたら終わりだ。
たとえあいつは〔ジャックナイフ〕しかないとはいえ、俺が狙撃できるようになったみたいに、あいつだってそれなりのことをチュートリアルで受けたはずだ。どんなものかはわからないが、俺があれだけイライラしたものをあいつはへらっとしていられるんだ。つまりあいつにとってはその程度だったということ。テストの時に見て思ったが、決してそれが楽だったとは思えない。だからこそ、あいつは危険だ。
「(待てよ、あいつには〔ジャックナイフ〕しかないってことは……)」
逆を言えば、あいつから〔ジャックナイフ〕さえ奪うことができれば、攻撃手段をなくすことができる。
いや、別にそれ自体を狙わなくてもいい。使えなくすればいいんだ。
あの右手さえ使い物にできなくすれば、それでいいんだ。
「よしっ」
俺は狙いを頭から右手の先へと動かした。
それはちょうど、あいつが俺に向かって突進しようとしているときだった。
☬
キィィンッッッ!
「うそ!?」
あいつ(ロッテル)の持つ〔SR-25〕から放たれた弾が俺の頭に向かっていないとき、よしっ、と心の中では思っていた。だがその頭を外れた弾は――――否、右手の〔ジャックナイフ〕めがけて放たれた弾は、まっすぐ目標めがけて突っ込んできた。
まだ距離が離れているから、ナイフを握る手に力は入れていなかった。
それは相手に攻撃方法を悟らせないため。
だが、今回に限ってそれは仇となった。
ゆるく握られた〔ジャックナイフ〕は、ロッテルの持つ〔SR-25〕の銃口から放たれた【7.62×51mm NATO弾】によって、過ぎゆく風と共に後方へと弾き飛ばされた。
でも、走り始めた今、止まるわけにはいかない。
「こうなったら、素手で攻撃して……」
そう思って身構えたとき、何か固いものが左手に、腹部に当たった。
それは弾ではない。痛みもない。
ただ、明らかに異物だった。少なくとも、手が直接体に当たったのではなく、何かを介して当たっている。
「あっ!」
正直、それが何か分かった瞬間にやけてしまった。
まだこんな攻撃方法が残っていたなんて。
これをすれば、今までのことが全部無駄になるかもしれないけど……でも、負けるよりはいい。引き分けでも、別に――――
ビュゥゥッッ――――
「っ!?」
弾が、ロッテルの持つ銃口から放たれた弾が、耳元すれすれを通って行った。
あとほんの少し、弾の軌道が俺によっていたらその時点で攻撃判定が――――勝負が決まったかもしれなかった。
でも、そんな過ぎたことに気を留めていたらその『もし』が本当になってしまう。
だから、俺は真っすぐ突進していった。
右手は風を切るように後ろに伸び、左手はポケットの中へと入っていた。
「うん」
俺は覚悟を決めて、左手を動かした。
それと同時に、右手も前に出して構える。
ジグザグに、時にまっすぐにと当たらないように避けながら、それでも間隔はもうほとんどない。
手を伸ばせば届く。
そんな距離で、俺は構えた右手――――ではなく体で突っ込んでいく。
ボォンッ!
体が当たるか当たらないか。
それぐらいの距離で、俺のポケットを、左の手のひらの中を、ピンが抜けた【手榴弾】を中心に、爆発が起こった。
長く続いたメリとロッテルのコンビチュートリアルもようやく終わり……
ではありません。
まだ練習(?)が終わっただけ。
最終試験が残っています。
まだまだ伸びそうです……。
次回予告 二章・6-1
「そりゃねえだろっ!」
俺は相棒の――ロッテルの叫び(ツッコミ?)で目が覚めた。
ゲームとはいえ、たとえ数値上でのダメージがなくても痛みがあるこの《OF》。
今まで意識を失っていたのは、きっとそれほどの痛みを感じ取ったのだろう。
だがその痛みは、今はもう全く感じない。
ただ時間がたっただけなんじゃ……と思うけど、きっとそうじゃないんだと思う。
これがゲームらしさってとこなのかな? と思わされた。
「どうしたの?」
「どうもこうもないぜっ。お前のせいで……。これ見ろよっ!」
俺が聞くと、ロッテルは吐き捨てるようにウインドウを見せて、否、指さした。
(三日後、12/7予定)
お楽しみに




