二章・3-1
結構長めです。
3
『ウグルルルゥ』
「なに!?」
俺は先から聞こえてきた何かの鳴き声らしきものに驚いた。
まだ姿は見えないが、相当狂暴そうな感じがする。
「っ!」
そして、それは姿を現した。
『ウグルルルゥ?』
犬のような体勢の大きな熊、と言えばわかるだろうか。
茶色いごわごわとした毛が生えた、でもあまり太くなく、反対にすらっとした感じの体。
声だけ聴けば、「何? この人……?」みたいに可愛く聞こえるが、それの体長は優に人のサイズを超え、足を延ばせば5M以上あると思う。
名前は[ドルベア]と表示されていた。
ただ、それ以外何も表示されていなかった。
ぽーん。
『最終試験:この洞窟の主である敵モンスターを、自分の体力が半分を切る前に倒せ』
「これ倒すの!?」
さすがに初心者にこれは酷いと思う。
明らかにさっきと見た目が違う。
そして、俺が抜剣…‥いや、抜短剣? どっちでいいけど、とにかく俺が【ジャックナイフ】を持ったのを見て、そいつの表情が変わった。
腰が抜けるような表情をしている。
そして見るからに恐ろしい体を持っているのだ。
「それに、体力半分切る前にって……」
実際は、体力がゲージ表記もされていて、そこにありがたくラインが引かれているからどれくらいまでダメージを受けていいかはわかる。
今までの敵ならそれこそ一、二回程度のダメージじゃゲージは目で見てわかるほど減ってはいなかった。確かに数字は減っていたものの、自然回復があるのか今は完全回復している。
でも、この敵がそれと同じとは思えない。
どれくらいかはわからないけど、かなり大きなダメージ食らうような……。
ガッ
「やばっ」
[ドルベア]が地を蹴って突進してきた。
駆け出しの状態から回避行動をとった俺はそこまで危なくなく避けることができた。
そして[ドルベア]は――――。
☬
ドォンッ!!
そいつは思いっきり岩壁にぶつかった。そのせいか、そいつの体力ゲージが減っている。
数字は見えないが、ゲージから見て全体の1/20ほど減ったと思う。
「もしかして、体力少ない?」
一回の突進であれだけ体力が減るのなら、それこそ避けているだけで勝てるかもしれない。ただ、俺と同じくあいつも回復があるらしく、目で見てわかるほどではないが、さっきと比べるとゲージが伸びた気がする。
「でも、今ならっ」
そう。今そいつはぶつかった衝撃から回復しておらず、ふらふらしている。
今なら、攻撃も可能かもしれない。
俺は駆け出した。
できるだけそいつの視界に入らないようにしながら近づいていく。
そしてあと少しで届くというとき、そいつに動きがあった。
「後ろ蹴りか!?」
今はそいつの頭のある方の反対側から切り付けようとしている。そいつの視界がいかほどかは分からないが、できるだけ隠れるように近づいたはずだ。
それでもそいつには見えていたようで、現にいま攻撃を食らおうとしている。
「はっ」
それを俺は息をはくと同時に片足で踏みきり、飛び上がることで回避する。
そして壁を蹴り、さらに高く飛び上がりながら位置を正し、そのまま両手でナイフを持ち、刃を下にして突き刺すように構え、そのままそいつの巨体に落ちていく。
「やあっ!」
全力をこめて振り下ろし、奴の体に突き刺――――せなかった。
予想以上にそいつの皮、否、毛が固いようで、本体にはまったくと言っていいほど傷が見られなかった。でも、俺が切る攻撃ではなく突き刺す攻撃をしたおかげで、今ナイフは先端の少しだけだが、そいつの体に刺さっている。
「よしっ」
ブンッ
「うわっ!」
だが、それもほんの束の間。刺さっているのが分かってかは知らないが、いきなり前転をして、俺を遠心力で振り払った。
そのまま宙を舞う俺の体。
ドンッ
そのままぶつかってたまるかと、勢いを殺せるように両足で壁に着面したおかげで、壁にぶつかった時のダメージはほとんどなかった。だが、そのあとそこから飛ぶときにバランスを崩し、うまく着地できず、背中から落ちていったせいで俺の体力ゲージは1/4を減らしていた。
「マジか……」
練習の時、あれだけ攻撃受けても目に見えてダメージ受けなかったのに、自分のミスだけでこんなにもダメージを負ってしまった。
「って、さっきの敵弱すぎでしょ!」
防御こそ固かったが、攻撃力はほとんどなかったということになる。
「じゃあ、もしこいつの突撃をもろに受けたら……」
たとえ体力が限界まで回復していて、なおかつしっかり受け身をとったとしても、耐えて一回が限界だと思う。他の蹴りや爪の攻撃は知らないが、とにかく一度攻撃を受けたらひとたまりもないことは確かだろう。
「うそ、また突撃来る!」
そいつは前足を倒し、後ろ脚を立てて前傾姿勢をとり、まるで闘牛のように右後ろ足で地面を蹴っている。
「まだ回復してないのに!」
体力の回復もそうだが、落ちた衝撃とその痛みがまだ残っている。そのせいか、今は動きが鈍いのだ。
「来たっ」
そいつが俺向かって真っすぐ突進してくる。さっきの突撃でわかったのは、一回突撃を始めたらその狙いを変えられないこと。つまり、よけても追尾されることがないということ。
幸い、そいつはこの空間で俺と反対の一番遠いところにいた。
俺は少し走り、突撃を避けるために飛ぶ。
そして地面で一回転することで衝撃を吸収し、前に進む勢いをなくす。
ドォンッ
と、俺が回避運動を終えたとき、[ドルベア]が岩壁にぶつかった。
先程と同じく、洞窟の中にあるこの空間全体が揺らぐ。
俺はまた来たこのチャンスをものにしようと立ち上がり、駆けていく。
そのぶつかってからの行動の速さは、さっきとは比べ物にならない。
ぶつかったのを音で確認し、そのすぐ後にはもう駆け出している。
そいつはしりもちをついた状態で止まっていて、近づくと腕を振ってきた。
それを俺はしゃがんで回避。そのまま人間でいう腰のあたりに(こいつに腰と言うものがあるかなんてわからない)ナイフを突き刺す。
若干そいつの体が震えた。そんなに痛かったのだろうか。もしかして、神経がここに集中して……。
そう思ったが、ナイフが突き刺さったところを見て理由がわかった。腰の部分だけ毛が柔らかくなっている。それは、普段座っていてほぐされたからなのか、それともそれでこすれて抜けて新しい物だからなのか、それとももとからそういう種類なのかはわからないが、今は別にどうだっていい(ゲームだからそういう仕様なんだ! ……とは考えたくない)。そこに刺さりやすい、とだけわかればいいのだ。
[ドルベア]が起き上がろうとする。
それに気づいた俺は慌ててナイフを抜いて距離をとる。
刺さったまま立たれちゃ武器がなくなっちゃうからね。
少し余裕ができたから、[ドルベア]体力ゲージを見てみた。
「五分の一、くらいか……」
なんかやけにダメージを負っている気がする。さっきは1/20くらいしか減ってなくて、今までに回復した量を一度目の刺した攻撃分の考えても、二度目の突き刺し攻撃がそんなに効いたとも思えない。だからと言って、突撃のダメージがそんなに変わるとも思えない。
ではなぜだろうか……っと、考えている余裕はもらえないようで。
「と、投石攻撃!?」
[ドルベア]がさっきぶつかった時に崩れて落ちた岩を、まるで小石のように持ち上げて投げてくる。
「うわーっ!」
俺の顔よりも大きな岩が、左耳をかすって俺の後ろに飛んでいく。それが何かが分かる前に、次の岩が投げられた。
「逃げないと!」
俺は走る。とりあえずめちゃくちゃに動いていれば当たることはないだろうが、それだとスタミナ切れを起こすし、体力も回復しない。
とりあえず、俺は岩陰に隠れることにした。
ゴンッ
ゴンッ
ゴンッ
ドゴンッ! ガラガラガラ――
「うそぉっ!」
俺の隠れた岩は、ほんの数発当たっただけで崩れ、崩壊してしまった。
さっき俺が全体重かけて蹴ってもびくともしたかったこの大きな岩が、ほんのわずかな時間で破壊されてしまった。
「もう逃げ場がないっ」
だが、幸い[ドルベア]の近くにはもう岩がなくなっていた。
『ウグルルルゥ』
戦いが始まってはじめて鳴いた。いや、うなったが正解かもしれない。
ただ、少なくともあれが警戒音だってことは分かる。それだけ俺のことを敵視しているのだろう。
[ドルベア]が突撃の姿勢になる。
俺は少し休んでいたおかげでスタミナはほとんど回復している。体力も、もうすぐ全快しそうな感じだ。
休んでいるときの回復量が多いって予想は当たっていたのだろう。
ガッ
[ドルベア]が突撃を回避した。
俺はさっきまでは見られなかったほどの身軽さで回避する。
ドォンッ
[ドルベア]が壁にぶつかった。
その隙に俺は攻撃しようとして、あることに気付いた。
(頭から、血が流れてる?)
もちろん俺のではなく[ドルベア]の頭からだ。
よく見ると、とがった岩が頭部を刺している。
さっき破壊された岩のとがったところに運悪くぶつかったのだろう。
だが、それは[ドルベア]にとっての不運であり、俺にとっては幸運だ。
俺は足を止めずにそのまま腰の部分を攻撃していく。
突かなくてもダメージが与えられる分、攻撃回数を増やすことができる。
カウンターが来るかと思ったが、どうやらさっきの連続投石と今の突進でスタミナ切れを起こしているようだ。一度すべて切れると、半分まで回復するまでほとんど動くことができなくなる特徴があり、この[ドルベア]は、それをしてしまったのだと思う。こいつからしてみれば、岩を壊し、突撃することは有力な攻撃戦略だったのかもしれない。でも、力に身を任せてむやみに攻撃しているからこんなことになるのだ。
俺は[ドルベア]の体力ゲージを見る。
なんと残り2/3まで減っていた。それだけ今の突撃によるダメージが大きかったのだろう。
ぽーん。
「なに? この忙しいときに……」
『制限時間が半分を過ぎました』
「なんだ。制限時間か……」
突撃の衝撃でこの空間が壊れるとか、変な状態異常とかだと思って焦ったよ……。
ただの制限時間じゃないか……ん?
「制限時間!?」
そんなのあるなんて聞いてない。
「そもそもそんなのどこに出てるの!」
それが聞こえたのだろうか、視界の右上に何やら点滅しているものがある。
『4:51』
はじめ見たときはこう書かれていたが、だんだん減っていき、『51』が、『50』、『49』、『48』……と減っていく。
どうやらこれが制限時間のようだ。
「半分……。ってことは、元は10分か……。そんな短時間でこんなの倒せるわけないじゃん!」
でも、現にもう体力の1/3を削っている。そして、有効な攻撃の仕方が分かったところだ。もしかしたら、何とかなるかもしれない。
「もし間に合わなかったら、もしかしてやり直し!?」
俺はそう叫んだ。
ただ、手だけは素早く動いて[ドルベア]を切りつけている。
[ドルベア]のスタミナが回復した様子はない。
ぽーん。
『※注意 試験に失敗した場合、この洞窟の奥に進んでもらいます』
「いや、絶対認識してるよね、俺の声。じゃないとタイミングぴったりすぎだって」
それにしても、この洞窟の奥ってどこのことだろうか。
入ってきた道は、すでにこいつの突進攻撃で崩落が起きて塞がっているし……。
「って、逃げ場ないじゃん! それに、どうやってここから出るのさ!」
『ぽーん』とは、さすがにもう鳴らなかった。
『ウグルルルゥ』
そんなとき、[ドルベア]が鳴いた。俺は意識をそいつに戻し、距離をとって警戒する。
[ドルベア]が立ち上がった。
どうやらスタミナが回復したようだ。
体力ゲージは半分を切っているが、残り時間は4分もないだろう。急がなくては。
[ドルベア]が突進の姿勢をとった。
俺はすばやく移動し、とがった岩のあるところに移動する。
[ドルベア]は俺を追うように向きを変え、止まった俺の様子を見計らって突進してきた。
俺はそのまま後方に飛ぶ。そして壁を蹴ってさらに高く飛び上がり、突進してきた[ドルベア]の背後に着地する。
この方法はついさっき思いついた時間短縮法だ。これを使えばこいつより高く飛べることは分かったし、こいつ自身は体が重いからか飛ぶことができないことが分かっていた。
もちろん、ただ着地したわけではない。壁にぶつかりまだ少し振動している途中の[ドルベア]の腰にナイフを刺し、そのまま重力に体が引かれるが儘にそのナイフで皮を引き裂いた。
力はほとんど入れず、ただ毛や皮膚にナイフを取られないように強く体に固定しただけだったが、うまく切り付けることができたようだ。
切り付けた[ドルベア]のそこからは、血が流れ出してきている。
それにしても、リアルすぎる。
ちょっとこれはやりすぎなんじゃないかと思えてくる。
ナイフから伝わる感触も本当に切っているような感じで、毛で切りにくくなっているところの振動もリアルだ。
それはいいとして、怪我がここまでリアルなのはアウトだと思う。
他のVRワールドのゲームでは、こういったシーンは一切カットだったりそれをしたくなければもとからこのような場面がなかったりするものがほとんどだ。
少なくても、俺の知っているところでは一つもない。
この《OF》が初めてだ。
ただ、これはパソコン時代から十五禁ゲームだし、今はそもそもこの機械が15禁であるため、現実世界にデータを持ち出せる撮影機能がないからこういうのが苦手な人の目につくことはない。
だとしても、たとえ見るのは大丈夫でもここまでリアルな感触に耐性がない人もいるだろう。
まあ、そんな人はそもそもこんなゲームはしないと思うが。
俺はまだ何とかなった。でもそれは相手が動物型だからであって……。
人型に切り付けることなど、今の俺には到底できないことだ。
それに、銃と違って間近でその相手のけがを見ることになる。そもそも銃にはそう言った感触が伝わることはない。
だからこそ、これが成り立っているのかもしれない。
普通だったら突撃型でも拳銃とかを使うのだろう。
剣やナイフ使いなど、このような戦闘ゲームではよほどの物好きか資金が無いかのどちらか出ないと使わないだろう。
俺はいまさらになって、主武器に短剣を選んだことに後悔し始めた。
ただ、トカレフは言っていた。この〔ジャックナイフ〕なら、あとで副装として所持できると。
ほんとにダメになったら、主武器を銃に変えればいい話だ。しっかり理由を話せば聞いてもらえるだろう。
……っと、そんな未来の心配より今の心配をするべきだった。
余計なことを考えていたせいか、攻撃の予兆を見つけることができず俺は見事に真正面から[ドルベア]の後ろ蹴りを受けた。
「グファッ」
俺は背中から岩壁に叩き付けられる。
それだけで、全快していた俺の体力ゲージが2/3になった。
これを見るとあいつのすごさが分かる。今の俺と同じ、またはそれ以上の速さで岩壁に、それも頭からぶつかってあれだけしかダメージを受けないのだ。普通に攻撃しても全然ダメージが通らないわけだ。
俺は[ドルベア]の体力ゲージを見る。残り1/3を切っていた。やはり、あの突撃攻撃をうまく誘導させてダメージを与えるのはいい作戦だったようだ。
本当なら、このままこの作戦を続けていたい。これほど安全で、かつ自分に切った感触が伝わってこない心も体も安心できる攻撃(?)方法は他にはないと思う。
でもそうはいかない。
なぜなら……。
すいません、一話で収まりませんでした。
次回予告
二章 3-2
ぽぽーん。
『残り3分を切りました』
『特殊スキルを入手しました』
(3日後 11/16更新)
お楽しみに。




