二章・1‐2
「メリ、遅かったじゃないか。登録しておいた筈だったが違ったか?」
「あ、いえ。してありました」
そもそもしてなかったら今ここに来られないと思う。
「ロッテルはすぐに来たぞ?」
トカレフが『霧野』ではなく〈ロッテル〉と呼んだ。そういえば、はじめはロッテルと呼んでいたはずなのに、いつの間に霧野になったのだろうか。この様子を見るにゲーム内ではロッテルって呼んでいるみたいだった。
その当のロッテルだが、俺に向かってVサインを送ってくる。
(そんなに誇らしいか?)
いつもなら悔しがるところだろうが、今はそんな気持ちは湧いてこなかった。
「それはいいとして、ジンの姿が見えないんだが知ってるか?」
「そもそもどうやって知るんですか?」
「やっぱり知らないか……。あいつ機械音痴なのかもな」
そういうと、トカレフな何やら操作を始めた。
「何してるんですか?」
「ローレンスに連絡している」
「そういえば、ローレンスさんと……あと、CapREXさんもいないみたいですが?」
「ローレンスはこんなこともあろうかと待機してもらっていた。ジンが来次第すぐ来るだろう」
「CapREXはどうしたんだ?」
横からロッテルが突っ込んできた。
(うん。ゲーム内ではロッテルと呼ぼう。霧野って呼ぶと怒られそうだ)
「CapREXは他サーバー、――――アメリカサーバーからの移転組だ。正式サービスが始まるまでこっちのサーバーには入ってこれない」
詳しく聞いたところ、ゲーム内で移動してできたばっかりのサーバーに入ることはできないが、そこに転移することはできるらしい。その違いは、まずレベルが下がること。データは消えないが、そのサーバーの上限レベルまでレベルは下がるそうだ。また、戻ることができないというのもある。すでに行き来可能なサーバー間では移転し放題だが、そうでないサーバーに移転すると、それが可能になるまで移転不可になる。もっとも、しばらくして可能になれば移転しなくとも他サーバーに行けるので、何か理由がない限り移転は不要かもしれない。
そして、一部アイテムや武器が使用できなくなり、それを売ることもできなくなる。これは早期に高レベル装備を入手させないためで、ゲームバランスが崩れないようにするための仕組みである。
用は、パソコンゲーム時代のアカウントを使うのと同じようなことのようだ。しいて言えば、移転組はVRワールド内での経験があるという違いがある。
話を戻すと、パソコン時代のアカウントと違って他サーバーにあるアカウントを転移させるのはサービスが開始してからしかできないらしく、ログインはできても今入れるのはもとのサーバー、CapREXでいえばアメリカサーバーだけらしい。
「と言うことで、正式サービスが始まるまで俺が指揮を執る」
『誰かいるっスかー?』
トカレフが高々と、そして格好つけてそう言ったとき、扉の外から声が聞こえた。
「ジンだな。おいメリ、行ってくれ」
「了解です」
トカレフに頼まれた俺は素直に言うことを聞く。扉の前に行き、ドアノブに手をかけ扉を開けようとしたとき、手の感触がなくなった。そして、目の前の扉がなくなった。
もちろんなくなったわけではなく、向こう側の誰か――――おそらくジンが開けたのであった。
ただ、そんなことを予想していなかった俺はそのまま前に倒れていく。そのことを知らないジンが目の前に現れ、俺はジンを押し倒すように転んでしまった。
「イテテ……ッ。メリ君⁈ どうしたんスか⁈」
「あっ……すいません。急に扉が開いたので、そのまま倒れてしまいました……」
「まあ問題ないっスけど……」
(なんてついてないんだろう、俺。しっかり寝たし、前みたいに疲れてるわけじゃないはずなのにこんなにドジばっかり……。あ、でもそもそもここゲームの中だから疲れは関係ないか。たぶんあれだな。まだ体が慣れてないんだな。うん。きっとそうだ)
「あのー、いつまでのってるんっスか?」
「あわわわ、すいません!」
考えててつい今の状況を忘れていた。俺はジンに乗りっぱなしだった。
「ま、気にすることないっス!」
そうは言いながらも顔が赤くなっているジン。ちょっと待て、俺そんな趣味ないからな!
「何かあったのか?」
気付くとローレンスが立っていた。
「いえ、少しつまずいてしまって……」
「なら問題はないな。入るぞ」
「はい」
そう言って、ローレンスに続いてジン俺、ジンの順で部屋に入っていった。
まだジンの顔が赤いのが気になる。
「ほら、他の奴も来たし、もう話してもいいだろ!」
「あ、ああ」
中に戻ってくると、ロッテルとトカレフが言い争っていた。いや、言い争うというよりは、ひたすら言い寄ってくるロッテルの対応にトカレフが困っているような状態のようだ。
「ロッテル、どうしたの?」
俺は何気なくロッテルと呼んだ。よく考えるとこの名前で呼んだことがなかった。あったころの霧野――――ロッテルは、カタカナのこの名前を教えるのに抵抗があったらしく、苗字のみ教えてくれた。仲良くなるうちに名前も教えてくれたが、俺は呼び方を変えることもなく『霧野』で定着していた。
「……トカレフにここがどこかを聞いたんだがいちいち説明するのが面倒だから集まるのを待てって言うんだ。そんでお前ら着て全員集まったから説明しろって言ったところだ」
はじめの間はその違和感だったのだろう。指摘することはないようだが、俺が名前で呼んだことに違和感は覚えたようだ。
「トカレフ、早く説明してくれ」
「そんなに焦らなくとも教える」
そう言って、トカレフは説明を始めた。
毎度のごとくトカレフの説明は長いので要約するとこんな感じだ。
まずこの《集会室》だが、《スペツナツズ》の隊員ならだれでも出入りできる部屋らしい。部屋の出入りは、セーブゾーンからならどこからでも転移してこられるそうだ。ただし、ここからはログイン部屋である自分の部屋か、もと居たセーブゾーンにしか転移できないらしい。ただ、ログイン部屋で設定した転移地点には移動できるから、手間は増えるけど一か所にしか戻れないということはないらしい。
ちなみに、部屋の造りこそ違うが部隊をつくるとこのような部屋を一つ作ることができるらしい。部屋の造りは、実際にある部屋をスキャンするかサンプルをもとに作ることができるらしい。この部屋はその前者のスキャンを使っており、実際にある《集会室》と似ているのではなくまったく同じだそうだ。もっとも、そのあと何かをずらしてもこの部屋は変更されないから変わってくるそうだが。
この部屋の用途だが、基本は控室、いわば待機部屋らしい。部隊単位の大会の準備をする時の部屋で、試合の始まる時間の少し前に強制転移させられるらしい。それと、ログイン部屋もここと同じらしく、個人の大会の控室になるそうだ。また、装備を変えるのもこの部屋らしい。フィールド上でやってもいいのだが、途中でモンスターに襲われたり、他のプレイヤーに奪われたりすることもあるから基本はこの部屋で行うらしい。
それと、この部屋でもログアウトは可能らしく、その場合次のログイン地点はここになるらしい。
「こんなもんでいいだろ?」
「ああ」
長い説明に飽きたのか、霧――――ロッテルも納得したようだ。
「あの、いいですか?」
「なんだ、メリ?」
「今のことじゃないんですけど、さっき『俺が指揮を執る』って言ってたじゃないですか。あれはどういうことですか?」
「おまえ、知らないのか?」
「えっ? 霧野知ってるの?」
「まあな。それぐらい聞いておくのは常識だろ?」
「うぅ……」
さっきは生まれなかった対抗意識が、今は働いた。
「そういえばメリには話してなかったな」
「なんで言ってくれなかったんですか⁉」
「いやー、お前から聞かれなかったからついわかったもんだと思ってた」
「…………」
「って言っても、ロッテルが聞いてきたのだってついさっきのことだろ? あの時こいつがジンたち迎えに行ってたから聞いてなかっただけでメリは悪くないな」
「なんでそれ言うんだよ、トカレフ!」
「へ~、そうなんだ~。き……ロッテル、ちょっと話があるんだけど……」
「あーすまん。今は時間がないから後にしてくれ」
「「一番時間使ってるのトカレフ(さん)じゃないですか(ねえか)!」」
「トカレフ、そんな無駄話してないでさっさと進めてくれない?」
しびれを切らしたシュリンプがトカレフにそう言った。
「分かった。すまん」
トカレフはそれに応じて謝った。
(トカレフさんはシュリンプさんの尻に敷かれてる?)
気にしないでおこう。
「さて、仕切りなおして本題だ。これからだが、チュートリアルをする」
「チュートリアルですか」
「そうだ。始めは個人でやる」
「あれ個人でやんのか?」
やっと話が進んだと思ったそばからタケシが突っ込んできた。
「そうだ。お前んとこと……あとこいつらがコンビ組んでてそのチュートリアルもあるが、はじめは個人のだな」
「だが俺らはすでにアカもってて、チュートリアルだって終わってるぞ?」
そう言いながら、タケシはルーピンの肩に腕をかける。なぜかルーピンの顔が赤くなった。
「だが、これ用のチュートリアルがあるだろ? 荒れないやんないとろくに動けないぞ?」
トカレフの言うこれ用のチュートリアルとは、この《OF》がパソコンゲームだった時のチュートリアルと別の、VRの《OF》のチュートリアルだ。基本は体の動かし方とかスキルの出し方、他にメニューの出し方や操作の仕方などがある。
「そういやそうだったな。だがそれはすぐ終わるだろ?」
「たぶんな。そうなったら勝手にコンビの始めててかまわない」
「わかった」
「あの、どういうことですか?」
話を聞いていてわからなかった俺はトカレフに聞いた。
「今話していた通りだ。タケシとルーピンのコンビはこれがパソコンゲームだった時から《OF》をしていてアカウント持ちだったんだ。それで今チュートリアルをすると二回目になるからしなくていいよな? 的な確認だ」
「そういえば、コンビのチュートリアルがあるって言ったな? 俺それ聞いてないぞ?」
「それは二人そろってからのつもりだったからな。ま、名前の通りだ。連携の仕方とか役割分担の練習みたいなもんだ。個人のよりも難しい試験が出る」
「試験ってのは、チュートリアルの卒業試験みたいなもんだ。個人のにもある。ちなみに、失敗すると始めからやり直しになるから気をつけろよ」
「ありがとうございます」
トカレフの説明をタケシ詳細にしてくれた。
「そういえば、トカレフさんとローレンスさんもアカウント持ってるって言ってましたよね?」
「……まあな」
「ってことは、前からやってたんですか?」
「あんまりやりこんじゃいなかったが、それなりにやってたな」
「私はこういうものに興味があって触れてみる程度のつもりが、いつの間にかはまっていた記憶がある」
「そうなんですか」
「とはいっても、俺らはよく覚えてないから全部こなすけどな」
「そんなことよりいいの? もうすぐ一時になるわよ?」
「おっと。もうそんなに経っていたか。それじゃあ、今から全員飛ぶぞ。『チュートリアル開始』!」
そう言いながらトカレフが手元の画面のボタンを押す。
すると、その画面が消える同時に《集会室》にいた隊員全員の体が光だし、消え去った。
次回予告
二章 2-1
気が付くと草原に立っていた。
遠くに森が見える。
ここは少し盛り上がった丘のようだ。
周りをきょろきょろしていると、目の前に画面が浮かんだ。
ぽーん
『これから身体調整を始めます』
画面にはそう書かれていた。
お楽しみに。




