一章・6-1
※'15.11/5 読みやすいように編集しました。
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そして迎えた週末。
「メリ! 来たぞ‼」
家の外から声がする。
(霧野?)
声のもとは霧野だと思われた。俺は眠い目をこすって玄関を開ける。
「おいメリ、まだ寝てたのか?」
俺にとって、休日は最高の昼寝日和だ。今日は出かけるから昼寝を少し早くしていただけだったのだが……。
「行くぞ! ほら、準備しろ!」
「準備ならとっくに……」
「その恰好で行くのか?」
「あっ……」
起きたばかり。俺は寝間着だった。
「さっさと着替えてこい」
俺は何も言わす家の中へ戻っていく。あらかじめ用意してあった服を着て、再び玄関に戻る。
「あれ? 霧野……いない?」
玄関の中から霧野の姿は見えなかった。
「霧野ー」
そういいながら、俺は玄関を出ていく。
その時。
「わっ!」
「っ‼」
突然後ろから声をかけられ押された。
ただ、寝起きに近い俺は、あまりリアクションをとらない。
「なんだよ、つれないなー」
俺が振り向くと、霧野がそういってきた。
「いきなり何すんだよ?」
「いやー。お前が眠そうにしてたからこうすれば起きないかなーって……」
「余計なお世話だよ!」
「やっぱりバケツで水を思いっきり……」
「(霧野ならやりかねないな)」
「なんか言ったか?」
「いや。何も」
「そうか。なら行くぞ。こうしてたら時間の無駄だ」
「霧野が悪いんじゃん!」
そういわれながらも霧野は自転車にまたがる。
「おいてくぞ、メリ」
「えっ、ちょ……」
俺は慌てて自転車を出す。そしてまたがる前に霧野にさっきからの疑問をぶつける。
「そもそも、なんで俺のことメリって呼ぶんだよ!」
「いいじゃんか。お前はメリだ」
「それはあそこ(基地)での話でしょ⁉」
「いや、名前は名前だ。普段から使って慣れておかないと」
「でも、基地のことは部外者に絶対言っちゃいけないってトカレフさんが……」
「おまえは部外者じゃないし、それにこんな場所じゃ聞いてる人いるわけないだろ?」
「それはそうかもしれないけど…………」
「ま、今日はとりあえずいつも通り呼ぶか。向井」
「……………………」
「ほら、《美空》満員になるぞ」
「あっ……うん」
そういって、俺らは《美空》に向かってペダルをこぎだした。
「(基地、か……)」
そんな二人の様子を見ている男が一人、家に隠れて息をひそめていた。
「(気づかれちゃあいねえようだが……)」
男は前もってこの家の自転車に発信機を付けていた。
「(うまくいくか?)」
男の持つ端末には、動く自転車のマークが映っている。
「(にしても……)」
男はばれないよう近くまで仲間に送ってもらい、そしてここまで歩いてきた。
「(辛い……よな)」
このまま二人を追うとしても、歩くか走るかしか選択肢はない。
「(もう、ばれない……よな)」
いつの間にか二人の姿は消えていた。
「(仕方ねえ)」
男は仲間に連絡すると、二人の進んでいった方向に向かって駈け出した。
☬
「……にしても、まだ六月にもなってないってのに暑すぎるよな」
今日は五月の二四日である。夏どころか、まだ梅雨にすら入っていない。そのはずなのに、気温は30度に近かった。いくら木の陰で木漏れ日くらいしか日の光が入ってきていなくても暑いものは暑かった。
「これ、夏どうなんだろうな」
「基地だから大丈夫だと思うけど……」
「それもそうだな」
木が立ち並ぶ森の中に俺と霧野はいた。正確にいうと、森の中を自転車ですり抜けている。道でないとまでは言わないが、ほとんど整備されていない。コンクリートやアスファルトで舗装されていないのはもちろんのこと、土は固められているものの掘ろうと思えば掘れる場所だ。
「にしてもこの道、相変わらずだな……」
「それどういうこと……」
「いや、いい意味で、だ」
俺の近くの人にとっては生活道でもあるこの道は、色々ときれいである。あまり知っている人がいないからゴミが落ちていないし、でも枯葉などはしっかり端によけてある。また自然の中を走ること、これがまたすごく気持ちいいのである。どこを見ても植物があり、人工物などまったくと言っていいほど目に入らない。現在社会ではこんな自然はめったに見ることができない。観光地などに行けば見ることはできるが、こんなに家の近くに自然があり、かついつでも自由に触れることができるのは、この世界では恵まれているほうだった。
(ま、ほんとのこと言えばここに住んでるのは地価が安かっただけなんだけど)
俺は一種のフリーターだった。それは霧野も同じ。でも、それが俺たちの望んだ道だった。本来なら、正社員を目指すところだろう。だが俺らは、色々なことを体験してみたかった。だから、一つの会社、店にとどまらず色々なところを転々としていた。バイトなら掛け持ちもできる。今も三つほどしている、正確にいえばしていたが正しい。今は一つしかやっていない。とあるファストフード店のアルバイトだ。そのアルバイトだって、来週の金曜日にはやめることになる。そして、ようやく俺たちは一つの会社(?)にとどまることにしたのだ。
「この道も、もう使うことないのかな……」
考えてるうちに、俺はそんなことを呟いていた。
「休みの日来りゃいいじゃん」
確かにそうだ。これからだって休めなくなるわけじゃない。それに……。
「そもそも、基地に通うためにほとんど毎日使うことになるんだけどな」
「それもそうだな」
基地に住まない限り、俺は……いや、俺たちかもしれないが、毎日この道を使うことになる。それでも、今までとは違う。この道にはたくさんの思い出があった。辛いことや行き詰った時は、いつもここにきて気分を変えていた。子供のころは、よく木に登って遊んでいた。そして、親を心配させたのだった。
「はぁ…………」
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」
俺はそこで考えるのをやめた。悲しくなるだけだ。楽しもうとしているのにこんな気持ちじゃどうしようもない。俺は今の気持ちを捨て、そして新たな気持ちに変えるのだった。




