7話
いつも遅れてすみません。
2018年5月3日
PM9:00
ガーランド学園図書室
フェデロークは本を読んでいた。この世界の神話に関する本だ。先程授業を受けてきた。授業は1日3回で同じ授業は1日1回しか受けられない。フェデロークはゲームにログインした場合、始めに授業を受けることにしている。
今日受けたのは、素早さ向上Ⅰ、攻撃魔法Ⅰ、そして伝承学Ⅰである。
素早さ向上Ⅰは、毎日受けているので素早さ向上Ⅰで手に入れられるカードは結構集まった。そのため、フェデロークの素早さスキルは、38になった。試験クエストを受けるには、スキル値が50以上のスキルが1つ以上と5種類のカードの提出が必要になるので、積極的にカード集めをしている。もう少しで試験クエストを受けられそうだ。
攻撃魔法Ⅰも積極的に受けている。ただし魔力がなければ魔法は使えないので、魔力向上Ⅰと一日ずつ入れ替わりで受けている。なので得意なスキルとはいえあまり上昇してはいない。
伝承学Ⅰは初めて受けた。気になってはいたが、始めは色々なスキルをあげることに専念しようと思い、今まで受けてこなかった。しかし、エレジアが伝承学Ⅰの内容は、試験クエストで質問されるというので受けてみることにした。
伝承学はこの世界の成り立ちと歴史を学ぶ授業だ。とはいってもゲームなので大雑把な内容でしかなかった。
その授業でフェデロークはこの世界の神話に興味が出て、学園の図書室で改めて調べることにしたのだった。
この世界は、初め何もなかった。そこに22個の光の玉が現れたという。後の世に「初めのアルカナ」といわれる存在である。この「初めのアルカナ」が何者だったのかはいまだに分かっていない。ただ、「初めのアルカナ」はそれぞれ意思があったと言われている。そんな「初めのアルカナ」は大地を創り、海を造り、生命を創った。しかし創られた生命たちは、お互いに争い、共食いを始めたのだった。そんな時、22の「初めのアルカナ」の一つ、《世界》が分裂し、生命たちの身体に入っていった。そして生まれたのが人間と言う種族である。人間が意思を持ち始めた頃、《世界》以外の「初めのアルカナ」はどこかに消えてしまったらしい。
とにかく、ここから新しい時代が始まった。人間は火を発見し、道具を造り、建物を建て、研究に研究を重ねた。しかし《世界》が入らなかった生命たちもいた。それらは人間に魔物と呼ばれ、恐れられた。 それから何百年も過ぎた頃、ある青年が不思議な力を発現した。その不思議な力がどんな能力だったかは記録に残っていないが、その青年の名は、アルモンド・ガーランドと言った。ガーランド氏が不思議な力に目覚めた頃、他にも不思議な力に目覚める人たちが何人も現れた。
彼らは、能力に目覚めなかった普通の人たちから「アルカナ」と呼ばれた。要するに伝説に残る「初めのアルカナ」の力を受け継いだ者たちだと認識されたようだ。
ガーランド氏たちは、その力を使って、ある者は色々な物を作り、ある者は学問を更に発展させ、ある者は魔物たちを討伐した。少なくとも、「アルカナ」は普通の人間たちと共存しようとしたのだ。
そんな時、事件が起こる。
「アルカナ」の一人が、姿が黒く変貌し、人間たちを襲い始めたのだ。ガーランド氏たちは驚いた。しかし「アルカナ」の力を以ってどうにか凌いだ。だが、それからもアルカナの中から同じ様な症状の者が何人か現れた。人はその「アルカナ」の変貌した姿を「妖魔」と名づけた。
普通の人間は、「アルカナ」に友好的だったが、この事件を機に「アルカナ」を恐れるようになった。そして、アルカナを一つの地に隔離したのだ。それが今現在、ガーランド学園のある場所である。「アルカナ」たちはそれに抵抗しなかった。リーダー格だったガーランド氏が許さなかったのである。ただし、調査能力に優れた「アルカナ」をこっそり逃がした。「妖魔」の調査とまだ見つけられていない「アルカナ」の保護をするためである。
そして、ガーランド氏の「妖魔」の研究と「アルカナ」の教育が始まったのだ。これがガーランド学園の始まりである。
妖魔は今でも現れる。アルカナが妖魔になる可能性は今でもあるのだ。
『ヴェアリアス・フィーリング』は、ゲームオーバーつまりゲームが続行不可能になる可能性のあるゲームだ。これはMMORPGには珍しいことだ。
『ヴェアリアス・フィーリング』では、ゲームオーバーになる条件が二つある。学園を退学させられることと、妖魔になることである。
学園を退学させられる理由は、幾つかある。授業を一定期間以上受けないこと、LVを一定期間以上上げられないこと、そしてPK、他のPCを殺すこと、そして、自分のPCがPKされて殺された場合だ。 このゲームでは、PCはPKをすることを禁止している。町の中でPKすると学園の教師(NPC)に通報されてゲームオーバーになってしまう。
ただし、町の外などPCやNPCがいないところでは話が違う。誰も通報する人がいないので、いきなりゲームオーバーにはならなくなってしまう。その代わり、妖魔値が大幅に増える。
妖魔値はどれだけ妖魔に近くなったかを表現する値だ。これが最高値になると妖魔になりゲームオーバーになる。
妖魔値が増える条件は、クエストをキャンセルすることや前述のPKが主なところだ。あまり知られていないところでは、カードを長時間自身に使用しないと妖魔値が増えるらしい。
『うーん……』
フェデロークが神話の本を読んでいると、奥の方から声がした。いくらなんでも都市の中なのだから、Mobはいないと思うが、警戒しながら奥の方に進んだ。
すると、そちらの方から女性がやってきた。
フェデロークは、警戒を解いた。知っている女性だったからだ。
『あら…あなたは……フェデローク君ね、最近かいいん……えっと入学したのよね』
『ジュリア先生でしたか。魔物かと思いましたよ』
『こんなところにモブ……じゃない魔物はいないわよ』
この人はガーランド学園の教師の仕事をしているNPCだ。フェデロークは授業受付に言った時に話しかけられたのでこの人のことを覚えていた。
緑色に短い髪の女性で少し知的な雰囲気がある。しかし、フェデロークはこの人が実はドジな人なのではないかと密かに思っている。
『ところでどう、この学園は?慣れた?』
『何とかやっています。今はどうPC……いやどう鍛えようか考えているところです。ところで先生も調べ物ですか?』
『私は……ここで休んでいたの。この奥とても日向ぼっこに最適なのよ』
『……そうですか』
やはりこの人は少しずれてる。
『じゃあね、フェデローク君。君もちゃんと授業を受けるのよ』
そう言ってジュリアは図書室を出て行った。
*****
2018年5月3日
PM9:30
火吹きの竜亭
フェデロークは神話の本を読み終わったあと、何をしようか考えた。最近は、バランドともあまり一緒に行動しない。バランドにはバランドの遊び方があると思うので、あまり狩りにも誘わなかった。エレジアが女性PC専用のサークルのリーダーだと分かった時、バランドと一緒にパーティーを組んで冒険するかそれともソロプレイになるかの2択になるだろうと思っていた。だったら、何で俺たちをこのゲームに誘ったのかと言いたいがエレジアも忙しいのであまり話す時間もない。もちろんリアルでは休日以外は会っているがその時はゲームの話はしないので忘れてしまう。
結局、どこに行こうか考えて、火吹きの竜亭に行くことにした。
最近は、火吹きの竜亭に頻繁に通っている。フィーネとその父親のラスクと話すのが楽しいのだ。 アクスはアルカナではないが、食堂で使う食材をわざわざエーレ大平原やザンサの森に行って採ってくるらしい。その苦労話などをしてくれる。NPCとは分かっていても付き合っていると面白いのである。
『ヴェアリアス・フィーリング』は、食事の満腹度のシステムがある。
戦闘や授業を受けすぎると、空腹度が増える。そのため料理や食材を時々食べなくてはいけない。しかも、食材は食べていいものと食べると異常状態になるものもあるので料理した物のほうがペナルティは少ない。しかし、料理スキルがないと料理は失敗する確率が多いのと料理をする設備が必要なので、フェデロークは食堂に行って食べるようにしている。
前は、エレジアに紹介された店で食べていたが、こちらの方がラスクたちと会話が弾むので最近はこちらに来る。
火吹きの竜亭はいつもより客が入っていた。ここに初めて来てから数日が経つがこんなに混んでいたのは初めてだ。
『やあ。いらっしゃい。フェデローク!』
『よお、フィーネ!元気か?』
『うん、元気なんだけど……お客さんがいっぱいでちょっと席空くまで待ってて!』
『どうしたんだよ、こんなにお客さんがいっぱいで。値下げでもしたのか』
『ううん…私にもよく分からないの。とにかく忙しいからまた後でね!』
フィーネは小走りに去って行く。
『ヴェアリアス・フィーリング』と現実の時間は同じだ。現実が昼時なら『ヴェアリアス・フィーリング』の世界も昼時だ。今は、9時30分過ぎ。ちょっと仕事帰りのNPCでも遅すぎる時間だろう。それとも何かのイベントかクエストの類なのか。
フェデロークは勘ぐった。
そんな風にフェデロークが考えていると、席が空いた。それにフィーネが気がついて、
『ありがとうございました~!フェデローク座っていいよ!』
フェデロークが席に座ろうとすると、後ろにいた客が割り込んできた。
『悪いな。俺が先だ』
『ちょっと!お客さん!あなたは、この人の後に並んでいたでしょ!』
『あれ~。そうだっけぇ。忘れちまったなぁ』
『俺が先でした。そこどけてください。俺が座ります。』
フェデロークは毅然とした態度をとった。元からこういうことが許せない質だ。
『な、何だ!?お前アルカナか!?聞いてた話と違うじゃねえか!!』
『聞いてた話?どういう意味ですか?』
その時だった。
奥で座って食事をしていた白いスーツの男が手を叩きながらこちらに向かってきた。
『皆さん、ご苦労様でした。もういいです。あとでビストロ・マルセウスに来てください。お給料と食事を提供します。こんな薄汚い店のものよりももっとおいしいものを出しますよ』
それを合図に客の店が出て行き始めた。食事が終わってないのにだ。しかもライザも払っていかなかった。
『……マルセウスさん、またあなたですか?』
フィーネが言った。
『どうもフィーネさん。どれ位客が来たら立ち回らなくなるか調べていたのですよ。やはり30人が限界ですね。お父様が料理を作って、フィーネさんが接客をする。ウェイトレスが一人ではやはり無理があるでしょう』
『あなたに言われなくても分かっています。何であなたがそんなことを調べなくてはいけないんですか?』
どうやらフィーネは相当怒っているようだ。しかしマルセウスと言う人は全然気にしていない。フェデロークは口を挟もうとしたがお互いにフェデロークにものを言わせない。
『やはりあなた方には無理なのです。店をたたんだ方がいいのではありませんか?』
『そんなことあなたが決めることではありません!!』
『どうしたフィーネ?』
フィーネの父親のラスクが店の奥から出てきた。
『おや、ラスクさん、あなたの店をたたむって話ですよ』
『……また、その話か。』
『我々とそちらとでは、明らかに店の規模が違う。同じ商店街に2軒も食堂があってもしょうがないでしょう?』
『こっちは何十年も前からやっているんですよ!!なんで私たちが店をたたまなければいけないんですか?そちらがこの商店街に店を出したのがおかしいんじゃないですか』
フィーネが口を挟んだ。
『……分かった。もう終わりにしよう』
アクスが言った。
『父ちゃん!?』
『ラスクさん!?』
フェデロークも思わず声を出してしまった。
『おや、店をたたんでくれるんですか?』
『いや、料理勝負だ。一日で1種類だけ作るんだ。それを客に食べさせてどっちが上手いかを競うんだ。それで負けた方が勝った方の言いなりになる。それでいいんじゃねえのか?』
マルセウスはきょとんとしていたが、
『……そうですね。それでいいでしょう、では一週間後にやりましょう』
マルセウスは店を出て行った。
フェデロークはメッセージに気が付いた。『クエスト「火吹きの竜亭vsビストロ・マルセウス」が発生しました。』
*****
2018年5月3日
PM10:00
火吹きの竜亭
『あの人ね、ことあるごとに私たちに嫌がらせしてくるの』
フィーネがあきらめたように言った。
『今年の1月位にこの商店街でいきなり食堂を始めてお客さんもそっちに取られちゃって……』
フェデロークはうんうんと言うしかない。
『多分、商店街に食堂が二つあるのが気に食わないんだと思うの』
『まあ、そういうなフィーネ。これで終わりだ』
ラスクが言った。
『負けたら、終わりなんだよ!どうするの!?勝てると思ってるの?』
『負けると思ってるならあんな勝負提案しねえよ。絶対勝つ!』
ラスクは自信満々だ。
『勝算はあるんですか?』
フェデロークは質問した
『いや!ねえ!』
またしてもラスクは自信満々だ。
『でも肉料理だと俺は負けねえ!』
『あのー、非常に申しにくいのですが』
『何だよ、フェデローク』
『魚料理にしませんか?』
『はぁっ!?何でだよっ!?』
フェデロークはこのクエストを新メニューを作れという意味だと解釈した。それにアルカナにも料理の好みがあって、《正義》は魚料理が好きなのだ。
『おそらく、普通に戦っても勝てません。相手もそれ相応の新メニューを出してくるでしょう。ならばこちらも今までにない料理でたたかってみたらどうですか?』
『なんだとう!?』
『父ちゃん、落ち着いて!フェデロークはそれで勝てると思うんだね?』
『うん、メニューを考えるのはあくまでアクスさんだけど』
『だったら、やってみようよ、父ちゃん!』
『……まあ、フィーネがそう言うなら……。なら俺もなんか考えてみっか』
ラスクが落ち着いてきたところで、
『あーっ、フェデロークここにいた!』
バランドが駆けてきた。
『どうしたんだよ、バランド』
『フェデローク、助けて!!』