6話
いつも遅れてすみません。
2018年4月30日
PM10:30
ガーランド学園授業受付前
フェデロークは落胆していた。
それもそのはずだ。ミニゲームを何度も何度もやっているがどうしても評価のB以上を取れないのだ。
2日前フェデロークは新しいアビリティを開放した。開放したといってもすぐに使えるわけではない。取得条件のカードを使わなければアビリティは使えるようにならない。
新しく開放した【インクリーススピード】は付与魔法スキルで分種スキルは風属性魔法スキルだった。
効果は、一時的に回避力を上昇させるものだが、ランクを上げることにより、移動スピードと武器攻撃のコンボ数を上げることも出来ることがわかった。
開放条件は、風属性魔法スキルに属する魔法を合計で50回使用することらしい。
問題は、取得条件だった。取得条件は、恋人のカードを1枚使用することだ。
恋人のカードは、LV1では、素早さ向上Ⅰの授業でしか手に入らない。しかも、評価はAでなければならない。
フェデロークは、このアビリティがどうしても欲しかった。
フェデロークは筋力スキルの伸びが悪い。しかし、魔法に頼ろうにも魔法は攻撃魔法【リトルウインド】しか取得していない。初心者なので仕方がないことだが、どうしてもフェデロークは新しいアビリティを積極的に取得して強化を図りたかった。
【インクリーススピード】は今のところ移動スピードの上昇しかできないが成長させれば相当な戦力になるはずだ。何よりコンボが増えるのが魅力的だとフェデロークは思った。
しかし、どうしても恋人のカードを手に入れられない。
フェデロークのLVが上がれば授業は多くなり、手に入れられるカードは多くなるだろう。そうすれば恋人のカードも手に入りやすくなるかもしれない。しかし、LV2の試験クエストを受けるには、まだ条件を満たすことが出来ない。
実のところ、あまりいいことではないが、自分が手に入れたカードを売っているPCもいるらしい。フェデロークもそういうPCを探し出して買おうかとも思ったが、カードは自分が努力した結晶だと感じこのミニゲームでてにいれようとしている。
ミニゲームの内容は八方向にトーチがあり、火が灯っているトーチに触れるとポイントになり、制限時間内にどれだけ火の灯ったトーチに触れられるかが評価される。ただし、火の灯るトーチの場所は完全にランダムで制限時間に近くなると、だんだん火の灯っている間隔が短くなり、しかも更に制限時間が間近になると2つや3つのトーチが一気に灯りだす。こうなってはPCはどこに行ったらいいのか迷ってしまう。
先程からフェデロークはログインしたまま黙考している。何が悪いのか、どうすれば評価のSが取れるのか。
フェデロークはポイントは火の色の選択ではないかと思っている。
トーチに灯る火は、赤、黄、青の三色だ。赤は1ポイントで黄は3ポイント、青は5ポイントとなっている。しかし、青の火は滅多に出ず、フェデローク自身も青はあまり触ったことがない。
ということは、青を出来るだけ触れるようにすればいいのだろうか?
……いや、それだけでは評価のSは取れない。おそらく、まんべんなく火に触れなければいけないのだろう。
これまでのパターンとしては火が灯っているトーチに向かっている最中に火が消え、別のトーチが灯りだして、パニックになるといった感じがあった。では、冷静に向かえば、出来るかと思えば、そうではないような気がする。
そんなじっくり考えている時だった。
『あら、フェデロークではありませんか』
エレジアが近づいてきた。ゲーム内で会うのは久しぶりだ。後方には二人の女性PCが伴っている。
『ああ、エレジアか。お前も授業か。』
『いいえ、私のサークルに新しいメンバーが入ったので施設を案内しているのですわ』
今日も勤のお嬢様言葉は絶好調だ、フェデロークはそう思った。
『ちょっと!なれなれしくエレジー様に近づかないで!』
エレジアの後ろにいた女性PCがフェデロークとエレジアの間に入ってきた。オレンジの髪のショートヘアで赤い瞳をしている。
『エレジー様は私たち「聖女の語らい」のものなんだから!!』
「聖女の語らい」はエレジアがサークルリーダーをしているサークルの名前だ。女性PC限定のサークルだが、そのメンバー数は、ガーランド学園1を誇る。
『俺は、エレジアとはリアルでも友達なんだ』
フェデロークは何とか穏便に解決しようと思ったが、相手はその気はないようだ。
『エレジー様を呼び捨てにしないで!それにリアルではそうかもしれないけどここはゲームの世界よ、リアルは持ち込まないのが原則でしょ!』
次から次へとよく言葉が出てくるものだとフェデロークは感心した。
『やめろ、紅葉』
エレジアが伴っていたもう一人が割って入った。こちらは白い髪でポニーテイルにしている。スタイルが自分と似ているとフェデロークは思った。
『エレジーが誰と話そうとエレジーの勝手だ。そうだろう?』
何となくこのPCは凛としていて静かなたたずまいだとフェデロークは思った。
『ジル様、しかし…!』
『しかもエレジーのご友人らしいじゃないか。親しく話すなと言うのが無理な話じゃないか?』
『……はい、すみませんでした』
フェデロークは紅葉が自分に謝ったのではなくてジルに謝ったのだと思った。
『謝る相手が違うだろう、フェデロークさんに謝れ』
『……ごめん』
どうやら嫌われてしまったようだとフェデロークは思った。
『すまない、この子はエレジーのことになるとむきになってしまうんだ』
『むきになってなんかいません!』
『ごめんなさいね、フェデローク。白い髪の子はジル。サブサークルリーダーをやってもらっているのですわ。で、こっちのオレンジの髪の子が紅葉。新しく入ったPCなのですわ。仲良くしてあげてくださいね』
『こんなやつに仲良くされたくなんかありません!』
『フェデロークです。よろしくお願いします』
フェデロークは驚いていた。慎司は意外と短気な方だ。なのにフェデロークでいると冷静でいられる。
『で?フェデロークも授業ですか』
『ああ、恋人のカードが欲しいんだけど、中々手に入れるのが難しいんだ。』
『恋人のカードはLV1だと素早さ向上Ⅰでしか手に入りませんからねぇ。それならジルに聞いたらいいのではないですか?ジルはメインクラスは《正義》でサブクラスは《力》ですから、スタイルは少し違いますけど素早さⅠはジルもやったのではないですか?』
『ああ、あの授業は心を無心にし集中することが重要だ。君はカード欲しさに集中力を欠いていたんじゃないか』
ジルに言われてフェデロークはハッとした。確かにカードを手に入れることに躍起になって知らず知らずのうちに興奮していたのではないだろうか。フェデローク(慎司)はそういう性格だ。
『ありがとうございます。何とかやってみます』
フェデロークはすぐさま素早さ向上Ⅰの授業を受付け、エレジアたちと別れ、ホールに向かった。
魔方陣に入ると、フェデローク(慎司)は深呼吸した。
楽しもう、フェデロークはそう思った。
魔方陣が光り、次の瞬間トーチが8つある薄暗い部屋にいた。
慎司は、全神経を目と手に集中させた。
カウントダウンが始まる。3、2、1、0。
授業が始まった瞬間、画面の右上のトーチが灯った。
すぐさま、右上に向かい、そして中心に戻った。何で今まで気付かなかったのか分からないが中心に戻れば全てのトーチとは同じ距離になる。中心にすぐに戻ってくればもっと素早く動けるはずだ。
そうして、フェデローク(慎司)はいつもより素早く動いた。
炎が複数になってもフェデロークは、迷わなかった。まず青い火に触れることを最優先とし、もし残っていたらほかのトーチにも向かうようにした。
この授業は1分だがフェデロークには、一瞬のように感じた。
フェデロークはこの授業を初めてやったときと同じ様に、楽しいと感じた。
そして、授業が終わり、結果発表の画面に移った。
評価は……Aだった。
「よっしゃあ!」
思わず慎司パソコンの前で声を出してしまった。
*****
2018年4月30日
PM10:50
7番街ドウトス商店街
フェデロークはスキップしたいほどに舞い上がっていた。
先程授業が終わり、恋人のカードを手に入れた。
すぐさま、【インクリーススピード】を取得し、アビリティパレットに装備した。
今は、慎司がフェデローク自身をねぎらいたいと思いエレジアに紹介された食堂に向かっていた。
料理は、このゲームの中では、ただ空腹を満たすだけではない。色んな料理に色々な効果がついてくるのだ。例えばステーキを食べたとする。そうすると興奮状態になり、防御力が一時的に低くなるがその代わり武器攻撃力が上がるのだ。
ただ、慎司の場合、ただフェデロークのパラメータのために食事をさせようと思っているわけではない。慎司にとってフェデロークは短い付き合いだが愛着がある。ただのアルゴリズムとは思えなかった。
そんなフェデロークが道を歩いていると、
『ねえ、お兄さんちょっと待って』
と、メッセージが現れた。
このゲームでは、自分に呼びかけられたチャットかごく近くにいる場合を除いてチャットメッセージがパソコンの画面に出てこない。なのでフェデロークは近くを見回した。すると、黄色がかった緑色のカールした髪の少女がこちらを向いていた。歳は11、12歳くらいだろうか。明らかにNPCだ。荷車を近くに置いている。
『俺を呼んだのか?』
『そう、お兄さんのこと。私この辺の地理に詳しくなくて。7番街のドウトス商店街に行きたいんだけど。道案内してくれない?』
NPCが積極的に声をかけてくるなんてと、フェデロークは思った。ゲームを始めてからNPCに声をかけられたのは店を通り過ぎる時の客引きだけだった。
『いいけど、俺も最近ゲーム初めた……この都市に来たばかりだからそんなに地理は分からないぞ』
と言いつつドウトス商店街には行ったことがあった。そこにある武器屋に武器を見に行ったのだ。しかもフェデローク(慎司)は一度行ったところはゲームだろうとリアルだろうと道に迷わない自信がある。
『本当?じゃ、別の人に頼もうかな……』
『いいよ、連れて行くよ。ついでにその荷車もお前のだろ。俺が引っ張るよ』
『ホント?やった!実は重くてさー』
少女はなれなれしい。
ここからドウトス商店街はそう遠くない。だからすぐ着くだろうと思ったがフェデロークでも荷車は重いらしく中々進まない。
『私、フィーネ。お兄さんは?』
『フェデロークだ』
『ふーん、フェデロークはアルカナなの?』
『そう、アルカナだ』
『私の家はね。食堂をやってるんだけど、アルカナの人はあんまりこないから珍しいの。こうやってアルカナの人と話すのは』
『アルカナが怖くないのか』
『何で?別にアルカナは危害を加えるわけでもないもの。でもアルカナになりたかったな』
『どうして?』
『だって学校に行って授業を受けられるんだもん。最高じゃない?』
フェデロークは自分がこの少女との会話を楽しんでいることに気がついた。相手はプログラムなのに。そう思った瞬間悲しくなった。
『…………』
『どうしたの?急に黙って?』
『いや、別に』
そうしているうちにドウトス商店街に着いた。
フィーネは小走りに走っていって、
『ここ!ここが私の家』
と、指差した。そこは古びたとんがり屋根の狭い家だった。
『フェデローク、入って!父ちゃーん、帰ったよー』
フェデロークが店の中に入ると、男が一人カウンター越しにいた。店もカウンター席だけであまり人は入れなそうだった。
『何だよ、遅かったじゃないか、道にでも迷ったのか?』
『うん、そうなの!この人が助けてくれたの』
フィーネはフェデロークを前に押した
『そうか。ありがとうな。俺はラスクだ。フィーネには食材の買出しに行かせたんだけど、すぐ道に迷うんだ』
『フェデロークです。ではこれで…』
フェデロークが立ち去ろうとすると、
『待って!フェデローク!うちの料理食べてってよ!』
『いや……、でも……』
他に行きたい食堂屋があるとは言えなかった。
『安くしとくからさ!さっきのお礼!』
『……分かったよ』
『火吹きの竜亭にようこそ!』
フェデロークはこの親子は本当にAIかと疑った。