表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WISH  作者: 国分志市
1章 ヴェアリアス・フィーリング
2/12

1話

 2018年4月20日

 PM00:30

 桜丘高校 2-B教室


「オンラインゲームゥ?」

 土鳩勤つちばとつとむの予想通りの反応だ。納戸慎司のとしんじはこちらをみて怪訝そうな表情をしている。彼は、眼鏡をかけて、髪を短髪にし、一方もう一人の連れ、頭部大輔かしらべだいすけは弁当を食べながら静かにこちらの話を聞いている。大輔の方は、背が慎司や土鳩勤つちばとつとむより少し低く、女の子の様な可愛らしさがある。

「で?そのオンラインゲームとやらを一緒にやらないかとそう言っている訳だな」

「そう、その通り。慎司は理解が早くてよろしい」

 こういう言い方をするとすぐ慎司は、カチンとして理性的な判断が出来なくなる。勤を含む三人の中では理論派の部類に入るが慎司だが、ちょっとのことでもカッとなるのが彼の短所だ。

 こうなると勤の独壇場だ。

 しかし、今日の慎司はいつも以上に冷静だった。

「いつもいつもお前の思う通りにいくと思うなよ」

 フフンと笑う慎司。しまった、この戦法は駄目だったか。

「で、そのオンラインゲームってどんなの?」

 黙々と弁当を食べていた大輔が質問してきた。大輔は、少しとろいというかマイペースな所がある。慎司は少々むっとしている様だが勤は、今回はナイス大輔!と心の中で叫び、勤のやっているゲーム、『ヴェアリアス・フィーリング』の説明をする。

「俺のやっているのは『ヴェアリアス・フィーリング』っていうタイトルで、ジャンルでいうとMMORPGだ。」

 MMORPGというのは、パソコンやスマートフォンなどでやっている大規模の人数が一つの舞台で冒険をするタイプのオンラインゲームだ。

「10年前に『最年少天才プログラマ』なんて言われていたプログラマが作ったとかって聞いてるけど、運営している会社は『ソリエンド』だよ。」

「へえ、『ソリエンド』か。確か、桜丘市に本社構えているIT会社だよな。」

 慎司は先程まで静かに弁当を食べていたが、ここでやっと顔を上げた。

「そう、最近は携帯型のゲーム機用のゲームソフトも作っている会社だよ。」

「で、どんな内容なんだよそのゲームは」

 勤は、慎司が興味を持ち出したのを感じて、更に好奇心を沸き立たせるような説明の仕方を考えた。そして一呼吸置いて、

「成長の仕方はスキル制だな」

 RPGでは、成長の仕方は二つある。一つは、クラス制で、職業などで攻撃力や防御力の成長の数値が決まっており、レベルという数値が上昇するごとに一定の数値が上昇ようになっている。例えるなら、戦士は、力が多く増える代わりに魔力があまり上がらない等だ。

 一方、スキル制は、筋力や体力などのスキルと呼ばれる項目が複数あり、一定の行動をすることにより上昇する。例えば武器で敵に攻撃すると、筋力が上がり、魔法を使うと、魔力が上がるという事だ。

 慎司と大輔は黙って勤を見て続きを促している。

「プレイヤーはアルカナっていう魔法や身体能力が人間より長けている種族なんだ。……うーんそういう種族っていうか人間の中から何万人に一人生まれるっていう上級の人間みたいなものかなぁ?それでアルカナ自分の能力の使い方を覚えるために学校に通うんだ。その学校が冒険の舞台」

 ふうん、と慎司は一息吐いて、

「学校ってことは授業もあるって事か」

「うえ。ゲームの中でも授業を受けるのは嫌だなぁ」

 大輔は、心底嫌そうな顔をした。桜丘高校は、県内有数の進学校だが、大輔は勉強が苦手で学年別の定期試験ではでは割と下のほうの順位にいる。ちなみに慎司は30位以上、俺は3位以内入るほどの実力だ。

 勤は、大輔にこの話をすると絶対こう言うだろうなぁと思っていたので、苦笑し、

「授業って言っても、ミニゲームがほとんどだし、覚えることもゲームの中の世界観だけだから。とにかくモンスターを倒すより、授業を受けた方が成長しやすいし、メリットも多いんだ。というか授業をあまり受けないと退学処分になってゲームオーバーになったりする。」

 と言った。

「俺に出来るかなぁ」

 大輔は、少し不安気味だ。

「大丈夫だよ。普通にプレイしてたらゲームオーバーにならないって。話続けるぞ、ところでタロットカードって知ってるか?」

「占いに使うやつだろ。聞いたことはあるけど、どんなのかは知らないぞ?」

 慎司は、何でそんなことここで出てくるのか分からないといった顔だ。

 俺は、話を続けた。

「タロットカードは全部で78枚あるんだけど、大きく分けると大アルカナ22枚と小アルカナ56枚に分けることが出来るんだ。で、ゲームでは大アルカナを使うわけ。大アルカナは《正義》とか《力》とかがあって、それをメインとサブの2枚を選ぶんだ。これで職業というか役割が決まるんだ。」

 《正義》と言った時点で慎司がピクリと反応した。こいつは《正義》という言葉が好きで、ついつい反応してしまうのだ。まあ、それを狙って、《正義》を例にあげたんだけど。しかし、慎司はなんでもないといった顔をして、

「へえ、ってことは組み合わせはかなりたくさんあるな」

 と言った。

「そう、それがこのゲームの売りの一つになっている」

「ふーん」

 慎司と大輔の声がハモった。これは二人ともかなりやってみたいと思っている様な気がすると勤は思った。しかし、慎司はここでハッとして、

「さっきお前スキル制だっていっただろ、それなのに何で職業があるんだよ」

 勤は、さすが慎司と思った。彼は、いつもいいところに気付く。

「スキル制だよ。だけど職業によって苦手なスキルは、あまり成長しないようになってるんだよ」

 慎司は、またふーんと言った。そして、勤をじっと見て、

「お前、ここまで熱心に俺たちに誘ってくるってことは友達を紹介するとボーナスかなんかがあるんだろ」

「ま、まさかぁ。そんなことあるわけないでしょう」

 わざとらしく動揺して見せた。それも事実だったが、本当の理由は違うところにある。

 慎司は、今の会話でそこまで分かったのか、

「……ふんっ!なんか癪に触るな。やらないかなぁー」

「えぇーっ!大輔はやりたいよなー」

 大輔は、こういう言い方をすると嫌とは言えない性格だ。

「う、うん。何となくやってみたい気がするよ。ねえ、慎司やってみようよ」

 慎司は、嫌そうに、

「……まあ、大輔がそういうなら」

 と言った。

「よかった。……それでさ」

「何だよ、まだ何かあるのか?」

 勤は、この話がまとまったら、もう一つ提案してみようと思っていた。しかし、それは勤にとっても大切なことだが、言い出しづらかった。

「実はさ……、勝も誘おうかと思ってるんだよ」

 慎司も大輔も微妙な顔をした。木場勝きばまさるの話を勤がすると、二人はいつもこういう顔をする。

「……まあ、いいんじゃないか。でも、勝がそれに乗ってくるとは思えないけどな」

 慎司が言った。勝は、高校に入ってから、出来た友達の一人だった。前は4人で行動していたが、最近は勝は、別の友達とつるんでいる。しかもガラの悪い連中と。

 何となく、三人とも言葉足らずで弁当を食べた。そして、勤が弁当が食べ終わった頃、勝が教室に帰ってきた。勝はこの桜丘高校では、禁止している金髪と耳ピアスをしている。まるで「不良です」とアピールしている様だった。

 慎司と大輔は、勤に目配せをした。勤は、深呼吸すると勝の机の方に向かっていた。

「よお、勝」

「あ?なんだよ、なんか話でもあんのかよ」

 案の上、勝は睨んできた。

「慎司と大輔とオンラインゲームやるんだけど、お前もやらないか」

「はあ?何でお前らと一緒にオンラインゲームなんかやらなきゃいけないんだよ」

 勝は勤の胸倉をつかんできた。このままだと殴りかかってきそうだ。

 勤が覚悟して目を瞑ったとき、

「やめろよ!」

 慎司が間に入ってきた。

「勝!勤は誘っただけだろ!何でそんなことしなきゃならないんだよ!」

 正義感の強い慎司は、かなり怒っている。更に、そこに大輔が来て

「勝、どうしちゃったの?」

 何回も言ったセリフを言った。

「別にどうもしてねえよ!お前ら全員ウザイんだよ!!」

 一触即発になった頃、ちょうどチャイムが鳴った。

 勝はケッと言いながら、イラつく様に教室を出て行った。

 勤たち三人は勝が教室から出て行くところを見てることしか出来なかった。


*****


 2018年4月20日

 PM09:30

 勤の部屋


 勤はリビングルームの電気を点けた。夜の街から帰ってきたために余計に光が眩しい。

 部屋には誰もいない。

 勤はこの部屋に帰ってくるたびに虚無感におそわれる。理由は分かってはいるが、自分の力では、その原因をどうすることも出来ないからだ。

 勤は、昔から器用だった。運動に関しても、勉強に関しても、そして人付き合いに関しても。

 大人たちから、手本を見せられると、何でもそつなく出来てしまう。どうやったら、上手く出来るかが分かってしまうのだ。それは、社交術も同じだった。

 この人はどこを褒められたら喜ぶのか、この人はどんなことに傷つくのか。子供時代の勤の周りは、人付き合いが上手な大人が多かった。そのため、真似るのが上手な勤は、人と仲良くなるのに長けていった。小学校でも、中学校でも人気者で常に周りに人がいた。

 しかし、勤の心は荒んでいた。自分が、真正面から人と向き合ってない気がしたからだ。

 笑顔で人と付き合えば付き合うほど、その分だけ勤の心は磨耗していった。家の中で気軽に話せる家族がいたら違ったかもしれない。けれど、勤にはそれさえもなかった。

 勤は孤独感に苛まれていた。高校に入っても、それは変わらないと思っていた。

 そんな時だった。

 その時、勤は今までと同じように高校で友達を作ろうと思って、近くにいたクラスメイトに声をかけた。

「何でそんな顔してんだよ、今にも泣きそうだぞ?」

 第一声そう言われた。今まで、自分の表情がどんなものかなんて気にしたことなかった。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった勤だったが、その言葉がジワジワ勤の中に染み込んでくるのを感じた。気がつけば涙をこぼしていた。

 ああ、俺は誰かに助けてもらいたかったんだ。

 勤は、初めてそれを感じた。

 その生徒は、何も言わずに泣き続ける勤の背中をさすってくれた。

 それが勝との出会いだった。

 勝には、自分の抱えているものを話さなかった。勝も何も言わなかった。

 それから慎司と大輔が加わり、4人で行動するようになった。

 それでも勤は、今までの様に自分の本心を隠しながら3人と付き合っていた。それでも、3人とも何も言わなかった。ただ、ほんの少し3人といるのは居心地が良かった。

 今思えば、勝はとても人の心に敏感だった。そしてよく気が利く少年だった。

 人の好きな飲み物を欲しい時に買ってきてくれたり、落ち込んでいると励ましてくれた。しかし、そこには無理がなかった。

 勝と勤は、コインの表と裏だったのかもしれない。人と真正直に付き合う勝と、人の気持ちが分かるが、そのために人との間に壁を作る勤。

 そんな勝が、なぜ今の様になったのか勤には全然分からない。

 ただ、勝はどんどん成績が落ち込んでいった。それも原因の一つかもしれない。

 いつの間にか勝は勤たちと距離を置き、少しずつ学校を休みがちになっていった。

 そして、学校に来たかと思えば、問題を起こすようになった。

 勤は、勤を助けてくれた勝だからこそ勝を救いたかった。

 しかし、それでも勝が何に悩んでいるのかがさっぱり分からなかった。勝に聞いても恫喝されるばかりで何も言ってくれなかった。


 ……もう考えるのはよそう。時間だ。

 勤は自分の部屋に行ってパソコンを立ち上げた。

 勤が『ヴェアリアス・フィーリング』と出会ったのは、中学2年生の時だった。

 たまたま、コンビニで立ち読みした雑誌にその記事が載っていたのだ。

 『君にしか造れない時間がそこにある!』

 記事には、このキャッチコピーがあった。

 当時、人との付き合いに疲れていた勤は、そのキャッチコピーに目を奪われた。

 金には困っていなかったので、色んなゲームをやったが、あまり満足は出来なかった。そんな時にこのゲームとであえたのだから一種の運命だったのかもしれない。

 ネットゲームは初めてだったが、すぐにのめりこんだ。

 そして、仲間も出来た。

 しかし、いつの間にか現実世界での空虚をゲームの中でも感じ始めた。それは、いくら消そうとも消えなかった。ゲームをやめようかとも思ったが、それは出来なかった。

 そこで思いついたのが、慎司や大輔を誘うことである。なぜか居心地のいい友達との時間をゲームの中でも味わえないかと思ったのだ。

 そして、これを機に勝とも元に戻れるのではないかと思った。

 だが、勝のことは失敗に終わった。だが、まだあきらめてはいない。いつかどうにかしてでも勝を救うのだ。

 

 パソコンの準備時間が終わった。始めよう。そう思った時にハッとした。ここに至って、ゲームの中で慎司たちとどこで待ち合わせるか言ってなかったことに気がついて、メールをした。

 よしこれで準備万端。さあ、今日もあいつを演じよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ