11話
またしても、遅くなって申し訳ありません。
2018年5月9日
PM10:30
ザンサの森
フェデロークたち6人はザンサの森を更に北上していった。道中Mobと何度も出くわした為、体力も魔力も限界に来ている。ただ、ここに来る前にポーションをたくさん買い込んだのでもう少し余裕はあると言える。
ここ、ザンサの森に来た理由は、火吹きの竜亭でのクエストだった。火吹きの竜亭のマスター、ラスクが近くの料理店、ビストロ・マルセウスと料理勝負する為、その食材を調達するクエストだった。食材の調達は2箇所。ザンサの森の泉に棲むフェインと言う魚ととエーレ大平原のボスMobがいる場所よりも奥にある群生するピエンソという根菜である。
ザンサの森は、初心者には少しレベルが高い為、ギリギリまで成長に重点を置こうと6人で決めた。もちろん、ボスMobも気が抜けない相手なので、どちらも期限ギリギリの今日に確保しようと言うことになったのである。
何度もMobと戦闘をし続け、やっと目的地の泉にやってきた。
『じゃあ、手はずどおりに。ビトが釣りをして、他のメンバーはMobがビトに近づかないように辺りを警戒する。それでいいな?』
フェデロークは確認した。
『はい、分かりました!』
ペンドラゴンが威勢良く返事した。ペンドラゴンは6日前の件の後、フェデロークの言うことは何でも聞くようになった。
『すみません。皆さん。私のために……。出来るだけ早く釣りますので』
ビトが釣りをする担当になったのは意図がある。彼女のメインクラス《節制》は、釣りスキルに適性があったからだ。
『謝らなくていいんだよ、ビト。これは元々俺のクエストだったんだから』
『すみません……』
彼女の謝る癖は治らないようだ。
『それでですね、フェデロークさん。お願いがあるのですが』
ビトがフェデロークにお願いするなんてことは今までなかったので、フェデロークは少し驚いた。彼女はフェデロークやバランドには少し距離を置いているように感じていたからだ。
『いいよ。どんな頼みなんだビト?』
『私が釣りしている間、フェデロークさんだけここにいて欲しいんですけど』
フェデロークは更に驚いた。自分に気があるわけではないだろうが、他の人には話せない話がしたいということだとフェデロークは解釈した。
『分かった。俺だけ残ろう』
『じゃ、俺たちは周りを警戒してますね』
ペンドラゴンが軽く言った。ペンドラゴンたちはビトがフェデロークに話があることが分かっていたようだ。
『で?どんな話なんだ。ビト?』
少し間があった。ビトはどうやら驚いたようだ。
『やっぱり分かっちゃいましたか。すみません』
『いや、謝らなくていいよ』
『すみません、癖なんです。……私、あまり人と話せなくて……。でも、この世界ではすみませんって言ってしまうけどフェデロークさんやバランドさんと知り合えて少しずつ喋れるようになってきているんです』
フェデロークは、ペンドラゴンたちと出会った頃から感じていたことがある。それはビトを始め、4人全員がコミュニケーションが少し下手な感じがしていた。と言うより、4人全員が心に傷のようなものある感じがしたのだ。それはこの前のペンドラゴンが「魔法を使いたくない」と言った件で更に感じた。もちろん、それはちょっとした違和感であり、MMORPGというジャンルは色んな人が色んな人とコミュニケーションするゲームだからそういう人もいるだろうとフェデロークは思っていた。
『私たち4人はフリースクールで知り合ったんです』
ビトは自分たちの話を始めた。
ビトはリアルでは15歳で学校に行っていれば中学3年生らしい。ビトは昔から引っ込み思案で思ったことが言えない性格だった。中学校に入学するにあたって、友達は出来るのだろうかと本人も両親も思ったくらいだ。小学校ではそれなりに友達がいて、その友達の前では穏やかだがそれなりに話をすることが出来て何より本心から笑えた。
しかし、中学校では次第に本心から笑えなくなっていった。
友達の何人かは別の中学に行き、ビトと同じ中学に小学校からの友達が2人一緒のクラスになったが別のクラスになり、あまり一緒には行動しなくなった。
そんな時、声をかけてくれた女子がいた。彼女は、クラスの委員長をしていて周りからも信頼される人だった。
もちろん、ビトはホッとした。これで学校で一人ぼっちにならなくていいのだから。
しかし、次第にその委員長のビトに対する態度が変わってきた。ビトは引っ込み思案だが、その分周りの反応に敏感な少女だった。その為、委員長の変化にもすぐに気がついた。心のどこかでビトは危機感を抱いていたのかもしれない。委員長の変化に気付いてからは自分から出来るだけ明るく話しかけるように気をつけた。それでも、委員長の態度は変わらなかった。
そんな生活が1ヶ月位続いた頃のことだった。
朝、何気なく委員長やその友達に挨拶をしたところ無視された。更に、他のクラスメイトも近づいては「くっせー」などと言って離れていくのだ。しかし、一番ショックを受けたのはビトの机にごみが散乱していてそれを片付けると、机には『キモイ』とか『死ね!』などと書かれていたことだった。
それでも、ビトは耐えた。クラスメイト全員から無視されても、自分の私物がどんどんなくなっていっても、トイレに入っているところに突然上から水を浴びせかけられても。
担任の先生は、何となく気付いていただろうが、無関心だった。
ビトは誰にも相談できずただ耐えていた。
しかし突如学校に行けなくなった。ビトは自分の部屋から出ることも出来なくなってしまった。
両親は何があったのか分からず、ただ慌ててビトを部屋から出すことに躍起になった。
(誰も私のことを分かってくれない)
ビトはそう思った。
部屋に閉じこもって3ヵ月後、自分の部屋のドアの隙間からあるパンフレットが入れられてきた。両親のどちらかがやったのだろう。それはフリースクールの案内だった。
フリースクールとは学校に行けない子供たちが勉強したり、それぞれやりたいことをやる場所だ。
そこには「一人で抱え込まないで!」というキャッチフレーズが書いてあった。ビトは心の中で冷笑した。
そんなビトがなぜかフリースクールに行く気になった。ビトの気持ちでは、冷やかしのつもりだったが、心の奥では『誰か助けて!』と叫んでいたのかもしれない。
3ヶ月ぶりに両親の顔を見た時、母親はびっくりして泣き出してしまった。
一度、フリースクールに行きたい旨を両親に言ったら、すぐに承諾してくれた。
3ヶ月ぶりの外の空気はひんやりとしていて気持ちよかった。
フリースクールはこぢんまりとしていて、そこに通う子供は3人しかいなかった。それがペンドラゴン、ヴァイザル、エーラーである。
ビトは、最初3人に心を開かなかった。中学の時と同じことになるのではないかと思ったからだ。しかし、3人は(特にペンドラゴンとヴァイザルは)ビトに積極的に話しかけた。ただ、フリースクールに来た経緯だけは聞かなかった。ビトはそれでもペンドラゴンたちを信じられなかった。そんなビトにエーラーがチェスをしようと声をかけた。
エーラーの第一印象は冷たい人と言う感じだった。チェスをやるまでほとんど無表情だったくらいだ。だからエーラーがチェスをやろうと言ってきたとき、得意なゲームで新参者を打ち負かそうとしたのかとビトは思った。しかし、後でヴァイザルに話を聞いたところ、エーラーがチェスをやったところを見たことがなかったらしい。どうやら心を開かないビトをどうにかチェスで勝たして笑わそうと思ったらしい。事実、ビトはチェスが得意でエーラーとの対局もビトが勝った。
「強いじゃない」
ビトはドキッとした。チェスが終わった後のエーラーの笑い顔は今まで見た笑顔の中で一番純粋で、心の底から笑っていると思える笑顔だった。
その時、ビトは思った。
ああ…、私はこんな笑顔で笑いかけて欲しかったんだ…。
ビトのエーラーに対する印象はクールな人からクールぶっているけど本当はとても純粋でとても優しいに変わった。
フリースクールから帰ってから、両親に正式にフリースクールに通いたいと願い出た。両親はすぐに許可してくれた。
それからのビトの生活は、充実していた。
ビトは、国語や歴史が得意でヴァイザルに教えてやったりした。逆に苦手な数学や理科は、エーラーやペンドラゴンに教えてもらったりした。時々、チェスや将棋やネットゲームをやったりして、遊んだりした。
そうして、ペンドラゴンたちと3人で過ごすようになってから分かったことがあった。
彼らは、3人とも純粋なのだ。理想と夢がはっきりしていてぶれないペンドラゴン、暴力的な言葉遣いをしながらも、繊細でそのギャップに悩んでるヴァイザル、そしてクールぶっているけど本当は心優しいエーラー。3人がフリースクールに通う様になった経緯は一度も聞いたことはなかったが大体のところは分かるような気がした。
そんな3人と一緒にいられてビトは少しずつ元気になっていった。幸せだった。ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。
しかし、思いもよらないことが起こった。
ビトがフリースクールに通い始めて一年半が経ったころだ。
ビトたちが通っていたフリースクールが閉じることになった。思うように生徒が集まらなかったのと資金難が原因らしい。
ビトは、ショックだった。これからどうすればいいんだろう。
そればっかり考えていた。幸い、他のフリースクールを紹介された。しかし、ペンドラゴンたちとは住んでる場所の問題で別々のフリースクールに通うことになった。
ペンドラゴンたちがいなくても頑張ろう。そうビトは思っていた。しかし、引っ込み思案な性格が災いして中々なじめなかった。
とうとうビトはフリースクールに行かなくなってしまった。
そんな時だった。
家に電話が来た。ペンドラゴンだった。久しぶりに話すペンドラゴンは以前と何も変わっていなかった。そんなペンドラゴンから、
「一緒にオンラインゲームやらない?」
そう言われた時は、とっさに反応できなかった。確かにペンドラゴンたちと一緒だったフリースクールでは、ネットゲームはやったこともあるが、それは簡単に決着のつくシンプルなものだし、ペンドラゴンの話を聞いてみると、やろうとしているジャンルはRPGらしい。ビトはRPGやったことがなかったのでペンドラゴンたちに迷惑をかけないだろうかと思った。でも、
「僕たちは仲間なんだから迷惑なんて考えなくていいんだよ」
と、言われてしまった。ペンドラゴンはフリースクール時代からビトや他のメンバーの思っていることを当てるのが得意だった。それだけ他のメンバーのことをよく見ていたのだろう。
ペンドラゴンにそう言われたとき、思わず泣き出してしまいそうだった。
一応、両親に相談してから決める。そう言って、ペンドラゴンとの電話は切った。
両親にオンラインゲームの話をしたらこのときも何も言わず承諾してくれた。両親も両親でビトにとって何がいいかをずっと考え続けてくれていたのかもしれない。
そうして、ペンドラゴンとヴァイザル、ビトとエーラーは『ヴェアリアス・フィーリング』の世界に向かって歩き出した。
『そうだったのか…』
フェデロークは納得した。ペンドラゴンたちには深い絆のようなものがあるように感じていた。もちろん人生は人それぞれだが自分たちと違う経験をしたペンドラゴンたちはそれだけ仲間を思い合っているのだろう。そうフェデロークは思った。
『でも、何で今俺にその話をしたんだ?』
『ペンドラゴン君のこと見捨てなかったところを見て、フェデロークさんになら話したい方がいいんじゃないかとエーラーちゃんが皆に相談してきたんです。でも、バランドさんにもいずれはと思っているんですけど、今はまだちょっと……。だから、バランドさんがいない所でということでこのタイミングにしようと言うことになって私が話す役目になったんです』
『そうか……』
『何より私がフェデロークさんと直に話してみたかったんです』
『……そっか。ありがとうビト』
フェデロークはビトにそう言われて少し恥ずかしくなった。
『ところでさ、ビト』
『はい』
『魚はかからないの?』
『ああっ!?そうでしたね!すみませんっ!……っ!?かかった…?』
よく見るとビトの釣竿の先がバシャバシャと波立っている。
『頑張れ!ビトっ!』
『はいっ!』
少しずつビトの方向に魚が寄せられているようだった。そしてついに、魚が釣れた。
『『釣れたー!』』
ビトとフェデロークは同時に叫んだ