プロローグ
スカイツリー、高さ634メートル。
彼ーー白夜歩はその頂に、立ち尽くしていた。
真夏であるにも関わらず、強く、冷たく、残酷な風が吹きすさみ、歩の髪をTシャツの裾を、バタバタと激しく波打たせる。
歩は虚ろな目をして、その先を見つめていた。そこにあるのは、広く、深い闇の海。そこにぼやっと光る無数の玉は、歩にとって希望なのか、はたまた絶望か。
フッと、歩の表情に変化が起きた。片方の口角がつり上がる。
ーー笑顔?いや、違う。
これは軽視の嘲笑。自分には出来る、と口をついてでてきそうな、そんな不気味で、気味悪く、儚げな微笑みーー刹那
歩は倒れていく、前のめりに、ゆっくりと、ゆっくりと。
身投げーー自殺であった。
634メートルから、歩の体は落下する。どんどん速度をましていく。髪が逆立つ。Tシャツが捲れ上がる。頬や腕やチラリと覗く脇腹の肉までもが激しく波打つ。
そんな中、歩は、華奢な手足を大きく広げ、大の字を作って、笑っていた。
異常なまでの笑顔。
手をばたつかせる歩。
鳥にでも成ったつもりなのだろうか。しかし、歩に翼はない。嘴も遠くを見つめることの出来る目も。
笑顔を保ちながら、何度も、必死に手をばたつかせる。が、落ちる、落ちる、落ちる。
ーーグシャ……
歩は大の字のまま、地面に激突し、ひしゃげて、その原型を失った。飛び散る肉塊、漏れでる血液、曲がらぬ方向に曲がった腕や足。歩は動かなくなった。