リハビリ小説
リハビリ小説
空が青い……。
俺は講義の合間、空を眺めながらカフェにいた。
次の講義まで後三十分……どうするか?
「暇だな」
俺は一口珈琲を口に運んだ。ほろ苦い風味が俺の口に広がる。
「あの……」
俺は声をかけられ声のする方向を見た。
「あんたは?」
そこには腰までありそうな黒髪の女性が立っていた。
「そこいい? 他の席はもう座れないから」
俺は周りを見た。確かに。他の席は様々なグループが占領している。空いてるのは俺ひとりが独占しているこの席だけ。
「いいよ。どうせ俺ひとりしかいないし。友達は講義だから当分はひとりだから」
そういうと俺はまた一口珈琲を口に運んだ。
「どうも」
そう言うと女性は目の前に教科書はノートを置き始めた。どこの学部だろうか? 英語の教科書ばかりだがうちには外国語学部はない。
「あんたどこの学部だ? 英語の教科書なんて持って」
俺は不思議に思って聞くと女性は少し驚いて俺を見た。
「なんでそんなことを? どうでもいい事だと思うけど」
確かにそうだが……。
「別に少し気になっただけだ。うちの学部には外国語学部がないからな」
「別に。好きでしてるだけ」
そう言うとノートに英文を書き始めた。
「あっそ」
俺はそっぽを向いて珈琲を口に運ぼうと手を伸ばした。
「まぁ」
不意に声をかけられた。
「ん?」
俺は答えるように返事をすると女性が俺を見ていた。
「これも学部の勉強の一環だから」
そう言うと黙って教科書を眺めた。
へぇー、素直じゃん。
「そうかい」
俺は珈琲を飲みながら空を眺めた。
「暇だなー」
俺はひとり呟いた。
翌日も俺はカフェでノンビリ珈琲を飲んでいた。
「んー」
俺は体を伸ばして息を吸うと体が少し気持ちよかった。そして、前を向いた。
「ん?」
目の前に大きなカバンを持った女性が立っていた。
「なんだあんたか」
俺はそう言うと前の席を指差した。
「そこの席空いてるから使えよ」
俺は周りを見ながらそう言った。昨日と同じ様に他の席は満席だった。
「あら? いいの?」
「どうせ、座るとこないか探してたんだろ? ここしか空いてないから座れよ」
俺が言い切る前に女性はカバンを机に降ろしていた。
「そうね。まぁ貴方も暇そうだし座らせてもらうわ」
机の上は彼女の勉強道具で溢れていた。
「……いくらなんでも多くないか? 昨日より多いぞ」
「ええ、今日は学部の勉強だから」
学部の? ……これプログラム関連の教科書だな。
「お前情報系の学部なのか?」
「ええ、情報学部よ。後。私は斎藤 美琴。お前じゃないわ」
斎藤 美琴……へぇーいい名前じゃん。
「俺は古藤 宗二。よろしくな」
俺は手を差し出した。
「ふーん、確かに貴方どこか古い人間ぽいから似合ってるわね」
そう微笑むと握手をしてくれた。
「古臭いか……まぁ間違いないな」
「ええ、間違いないわ」
彼女の笑顔に何か心臓が止まるような感じを覚えた。なんだろう? 今まで感じたことのないこの感覚は。
「さて、勉強始めるから邪魔はしないでね。ただし、放置も駄目よ?」
どっちだよ。全くこの女変わってるな。
「邪魔しないで欲しいのか話しかけて欲しいのかどっちかにしてくれ」
そんな関係がひと月くらい続いた。日に日に彼女が話しかけてくれる回数が増えるのが嬉しくていつも友人たちが講義を受けているこの一時間半がとても嬉しくて幸せだった。
今日は斎藤がカフェに来る日。俺は珈琲を飲みながら斎藤が来るのを待った。
「遅いな……」
今日は用事でも入ったか? そういえばこうして話してるけど俺あいつのメールアドレス知らないや。
「まぁ今度機会があったら聞くか」
「おい」
男の声? それも聞き覚えのある……。
「なんだ浩二か。どうした?」
浩二の奴この時間は講義じゃなかったか?
「お前講義はどうした?」
「お前こそ講義が無いからってここでいつも一人で珈琲飲んでるのか?」
まぁ暇っだからな。何気に俺は成績がいいから勉強もする気になれない。勉強してると同じゼミの奴らに嫌味を言われるからだ。
「まぁそうだな」
俺はそう返事を返した。まぁ一人じゃないけど。
「全く。俺たちが居なかったらすぐ一人になりたがる病を早く何とかしろよ。これだから宗二は……」
いいじゃないか。ひとりだって。どうせ俺はいてもいなくても同じなのだから。当たり障りのない会話さえできればそれでいい。
「ん?」
浩二の後ろに斎藤の姿が見えた。俺達を見るなり振り返って歩き始めた。
「……聞いてるのか?」
浩二が俺にそう言った。
「え? あー、すまん。少し用事思い出したらか行くわ」
俺は珈琲を一気に飲み干すと席を立った。
「って! おい! 次の講義はどうすんだよ!」
「それまでには戻る!」
俺はそう言うとひとりどこかに言った斎藤を追いかけた。
「どこだ?」
って何で俺はあいつを探してるんだ? あいつはただの友人だろ?
そう思ったとき心臓がドクリと鈍く動くのを感じた。その後に心臓が締め付けられるような感じがした。
「なんだ?」
俺は立ち止まった。なんであいつのことが気になる? 放っておけばいいのに……。
「めんどくさい」
俺は振り返って来た道を戻ろうとした。
「ちぃ……」
戻りかけた足を後ろに向け俺は走った。俺たちを見てカフェを離れるあいつの寂しそうな顔が脳裏に蘇る。
「全く……」
「ハァハァ……全くどこだよ」
俺は大学を走り回った。だけどあいつを見つけることができなかった。
「ハァハァ……ん?」
俺は荒い息遣いを抑えながら近くの椅子に座りながら教科書を眺める斎藤に近づいた。
「おい!」
俺は少し声を強めに出した。
「……!」
驚いて教科書を落とし目を丸くしながら
「古藤君?」
「お前なー。探させんな」
俺はため息をつきながら斎藤の隣に座りながらそう言った。
「貴方が勝手に探したんでしょ? 私は何も悪くないわ」
「そうかい」
しばらくの間二人の間に沈黙が流れた。
「でも……」
最初に口を開いたのは斎藤だった。
「ありがとう」
「ん?」
「心配してくれたんでしょ?」
心配……したのかな? ただ、こいつが寂しそうな顔をするのが嫌なだけだった。
「さてな? ただ、寂しがり屋なお前がどこか行くのが見えたからかな」
「誰が!」
こうやって怒るのもこいつの特徴。
「お前しかいないだろ」
俺は立ち上がると
「もうカフェ埋まってるだろうな……まぁ空いてる事を祈って行くか」
俺は斎藤に手を差し出した。
「……いいわ。その代わり珈琲は古藤君の奢りね」
「はいはい」
なんで追いかけてきたのに俺が奢るはめに? まぁいいか。
「よかった」
俺たちがカフェに着くと丁度良く目の前で一つの団体が席を離れた。
「良かったわね。でもその前に座る前にダスターをもらってこないとね」
斎藤の言うとおり。机は珈琲やらなんやらで汚れていた。
「そうだな。席を確保しておいてくれ」
俺はそういうと斎藤をおいてカフェのカウンターに向かった。
「すいません。カフェオレとダスターもらえませんか」
「はい、かしこまりました」
そう言うと店員さんはカフェオレを作りながら俺を見た。
「お客さんの彼女ですか?」
俺はそう言われてドキッとした。
「そう見えますか?」
「はい、いつもお一人で飲まれていたのに最近ずっと一緒におられたので」
見られてたか……まぁ確かにずっと一人であそこで飲んでたし、斎藤と知り合ってからはずっと一緒に喋ってたからな。そう見えても仕方ないか。
「それとはいダスターです」
そう言うとダスターを手渡してくれた。
「ありがとう」
俺はダスターを受け取ると斎藤が待っている席に向かった。
「ほれカフェオレでよかったか?」
「別になんでもいいけど」
「そうか」
俺は手元にあるカフェオレの入った容器を二つ斎藤に渡すとダスターで俺は机を拭いた。
「とりあえずは綺麗にはなったか?」
珈琲や水滴を拭いたがどうだろうか? 俺は軽く机を触った。
「大丈夫そうだな」
別段ベタベタとした感じはなかった。
「そう、ならこのカフェオレを置くわね」
そう言うと斎藤はカフェオレの容器を机に置いた。
「ああ、俺はこれ返してくる」
俺はダスターを持ってカウンターまで向かった。
「これありがとうございます」
「はい、こちらも拭いていただきありがとうございます」
俺はお礼を言うと席に戻った。戻ると斎藤はもう勉強を始めていた。
「早速か」
「ええ、貴方は勉強しないの?」
「俺? 家でしてるからいいんだよ。どうせここで勉強してもうっとおしいだけだし」
そう俺が真面目に勉強してる姿を人に見られるのは好きじゃない。あいつらは嫌味しか言ってこないからだ。
「そう……貴方頭良いのね」
「馬鹿だよ。ただ人よりできるだけだ」
そう、別に俺は何かに長けてる訳じゃない。
「ふーん。まぁいいわ」
「お前はどうなんだよ」
「私?」
少し戸惑うと思ったけど微動だにしないな。
「そうね。中の上ってとこかしら? だからこうやって勉強してるの」
へぇー……。まぁ学部の違いがある。どういうレベルなのかは俺にはわからない。
「ふーん」
「ところでいいの? 私と話してて、友達と話してたんじゃんないの?」
浩二か……まぁあと少しで始まる講義で合うだろうから別に大丈夫だろ。
「浩二か……まぁ大丈夫だろう」
俺はふと視線を校舎に向けた。
「げぇ……」
視線の先には真と浩二が立っていた。
「ん? あら、友達?」
「ああ」
よりにもよてこんな時に……。
「そう、なら邪魔になりそうな私は退散するわ」
そう言うと荷物を片付け始めた。
「はぁ……退散しなくていいよ」
俺は片付ける斎藤を静止した。
「だって」
「いいから」
俺たちが悶着していると二人が俺たちのテーブル真横まで来た。
「なーんか急に用事あるとか言い出すから何事かと思ったけど。なんだお前いつの間に女を作ったんだよ」
真が冗談まじりにそう言うと斎藤が俺を睨みつけてきた。
「別にそういう関係じゃないわよ。私と古藤君は最近話し始めたただの友達」
そう冷たく言い放つと黙って教科書を見つめ始めた。
「なぁ」
浩二が顔を近づけて小さな声で
「この子怖くないか?」
そう一言言った。確かに、この態度は怖い。なんだろう? いつもの斎藤らしくない行動だ。
「そっそうなんだ……ええと。貴方はなんの学部なんですか?」
真が敬語でそう聞いた。斎藤の無言の迫力に負けたらしい。
「情報学部よ。別にどうでもいいじゃない。学部なんて」
「「……」」
二人が完全に沈黙した。まぁ俺もどう話していいかわからないのは確かだ。
「ええと……」
浩二が真の服を掴んで立ち上がると
「俺らお邪魔虫ぽいから退散するわ」
そう言うと逃げるように二人は席から離れていった。
「……」
この空気で二人きりにされても……。
「古藤君も行かなくていいの?」
斎藤が小さくそう言うとカフェオレを口に運んだ。物凄く不機嫌なのがよくわかる。
「俺? ええとーまぁーなんだ」
何か……何か言葉はないか?
「ええと……」
言葉がでない。
「好きにすれば」
この時の斎藤は扱いに困るな。何不貞腐れてるんだか。
「はぁ……」
俺は小さくため息を吐くと
「好きにさせてもらう」
この後三十分間は無言のまま過ごした。
その後の講義で二人には質問攻めにあった。なんであの怖い女に付き合うのかと。俺は答えを出せず言葉を濁すだけだった。
「てか、お前あの女に惚れてるだろ?」
最後に真に言われた一言で俺は固まった。
俺は斎藤のことが好きなのだろうか? ただ、他の女とは違う感情を持っているのは確かだった。
「今日も来ないかな?」
俺はいつものように斎藤が来ないかとカフェでノンビリしていた。前の出来事から一週間。俺は斎藤のことを見ていない。
「……」
何か物足りない。こんなところでボーッとしてるのが勿体無く感じる。
「移動しよ」
俺は席を離れると人気のないところに向かった。
「ここなら誰もいないな……」
俺は誰もいない所を見つけると椅子に腰を下ろした。
「はぁ……」
暇だ。どうする? このまま寝るか?
「んー!」
俺は体を伸ばしながら椅子に横になった。
「あのー」
女性の声? 斎藤?
俺は飛び起きると目の前の女性……いや女の子を見つめた。身長は百五十センチもない小さな子だった。
「ん? 君迷子か?」
俺は子供をあやすように声をかけた。
「ええとですね……。これでも私大学生なんですけど。古藤君と一緒のゼミなんだけど覚えてませんか?」
俺と一緒のゼミ? そういえば一人体の小さい女がいたっけ? 名前は確か……
「お前言峰か?」
俺はうろ覚えの名前を出した。
「あ、はい! 覚えていてくれたんですね!」
嬉しそうにその場で飛び跳ねてる……これで本当に大学生なんだろうか?
「んで、言峰。俺に何か用か?」
俺は淡々と聞くと言峰は急に顔を真っ赤にしてその場で丸くなった。
「ん? 言峰? 大丈夫か? 熱でもあるのか?」
俺が言峰に顔を近づけると言峰はもっと顔を真っ赤にして
「だだだ大丈夫です! ちょっと貧血起こしただけです」
貧血って、どう見ても顔真っ赤になってるだろう。
「大丈夫そうに見えないな。ほら、医務室に」
そういって腕を差し出すと
「……」
少し黙って
「古藤君!」
俺は言峰に抱きしめられた。
「な!」
俺は驚いて椅子に倒れ掛かるように座った。
「大好きです! ゼミが始まった時から好きでした!」
俺は戸惑った。初めてだった。人に大好きと言われるのは。
「迷惑なのはわかっています。でも、もう気持ち抑えられなくて……」
俺はどうすればいい? この状況で俺は何をすればいい?
「ええと……ダメですよね? こんな私なんて……」
言峰の顔に涙がにじむ。俺はどうすれば……これはこの話にのるべきなのか?
そう思ったとき脳裏に斎藤の顔が浮かんだ。
「……」
俺はどうしたら……。
言峰の抱きつく力が強くなってる。
「……ごめん」
俺はそう言うと言峰を離した。
「やっぱりだめですよね」
「すまない。俺好きな奴がいるんだ」
そうか……俺斎藤のことが好きなんだ。
「ですよね……最近古藤君女の人と一緒にいるもんね……ふられるって思ってた」
「……ごめんな」
俺は言峰を離すと椅子から立ち上がった。
「俺行ってくる」
俺は言峰に背を向けてそう言うと
「はい、彼女離さないでくださいね」
「……難しそうだな」
俺はそう言い残して斎藤を……あいつを探すために学校を走った。
「さて、どこにいるかな?」
どこにいるかわからない。けど、足は自然とある場所に向かっていた。
俺とあいつが出会ったあの場所……。
「やっぱり」
俺はカフェの机で一人勉強している斎藤を見つけた。
「斎藤」
俺は斎藤に声をかけた。
「あら? 今日はそっちが遅刻かしら?」
「まぁな」
そっちが遅刻したくせに……。
「少し大事な話がある」
「何?」
俺はこの気持ちを伝える。どういう結果になろうとも。
「俺さ」
「うん」
「お前のことが好きだ」
答えはどうなるかわかない……けど俺は思いを伝えた。後は……。
「私は……」
まぁふられるだろうな。
完




