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北の大罪人Ⅲ

暴動が起きたのは正午の事だった。しかし、そのそもそもの原因が何であったのか、誰が何をしてそうなったのか、という詳細に関して知っている者はいない。少なくともその時点でレイを含む主な士官(十兵長以上の階級の者)は警備の指揮を執っている者以外は全員役所の中にいた。そして大半の兵士も市役所に隣接する警備兵の詰め所を接収して休んでいた。また、それ以外の兵士は監視役として市の外壁から四方を警戒する任務に就いていて、街に入っている者など一人も居なかった。だからレイは真っ先にこう市長に告げたのだ。

「ウチの兵が狼藉をして起きた暴動ではないはずだ。何か他に心当たりは」

「無いさ。・・・・・・いや、レイ良く聞け。お前達がやってくる直前の事だ。ガーデリス・ラインペッツからの使者がこの街を訪れた」

「そいつらがどうしたんだ」

「奴らは全員が奇妙な仮面を被って顔を隠していたんだ。そいつらは味方に付いたことに関する短い賛辞を述べたあと直ぐに帰って行った。そういう連中に心当たりはないか?」

「ガーデリスの配下で仮面・・・・・・噂だが、ガーデリスは裏社会と通じて、いくつかの暗殺ギルドを配下にしていると聞く。そういう連中かもしれん」

「うん。そういう連中なら市民を扇動して暴動を起こさせることも可能なんじゃ無いか」

「ふ、なるほどな。あり得ぬ話では無い」

 ボンヤリと敵の輪郭を捕らえた二人の思考はやっと落ち着き始めた。

「ああ、帰るふりをしてこの街に潜伏していた可能性もある」

「そうだな。おい、暴動はどこで起きているんだ」

 今し方息を切らして入ってきた職員にそう問いただすと、こう答えが返ってきた。

「西門の方角です。西の大通りをまっすぐこちらに向かってきます」

「よし、俺は兵を招集して暴動に対処する。お前は職員を使って住民を西側から避難させろ」

「どういう意味だ」

「これ以上暴動をする住民が増えないように西地区を隔離しろと言っているんだ。理由は火事だ。火事が起きたからと言って市民を誘導しろ。良いな」

 そう言い切ると、レイは即座に兵士達の待つ宿舎へと走った。後ろで呼び止める市長の声にも耳を傾けずに。

 宿舎にたどり着くと、既に良く訓練された彼の手勢およそ70名が準備を終えていた。市役所にいた十兵長も全員が揃っている。

「全員聞け、これより我々は西地区で起きている暴動を鎮圧する。暴動の原因、首謀者は不明だ。よって対話はほぼ不可能である。お前達なら気にはしないだろうが、相手が女子供であろうと容赦するな。全員殺せ。ただの一人として逃すな」

「「「おおぉぉぉ!」」」

 レイが翻って歩き出すと、男達は鬨の声を上げて彼に付き従った。



 レイの部隊が西の表通りを進んで直ぐにデモ隊が見えるようになった。レイは狼煙で門を警備している約30名の兵に西門を固める合図を送り、いくつかの地点に弓兵を陣取らせ、広場でデモ隊を待ち受ける陣形を組んだ。だが、わざわざ彼はデモ隊の到着を待ったりはしない。

「火矢を放て、暴徒どもに地獄の火とはどんなものか下見させてやれ」

 かくして各所に控える弓兵が火矢を放ち、たちまちその火は大量の家屋に燃え移ってもうもうと燃え始め、一気に周囲の気温が2度は上がった。デモ隊の側面に展開されたその炎の波は、彼らを門から外に逃げようとする者と、突き進む者に分けた。そして前者は西門を固める兵士達に全てが惨殺され、後者は待ち受けていたレイの指揮する本隊に突撃して見事に撃退されていった。

「他愛の無い。平民など、ただの国民など、何の力も無い。愚かで身勝手な連中――」

 レイはなすすべも無く矢に射られ、槍に貫かれる市民を見ながらそう感想を述べた。やはり今の彼には市長の言ったように民を大切にする心の余裕も、その気も無かった。

 と、その時、指揮のため一段高い場所に居たレイに向かって一本のナイフが投擲された。そのナイフはあっさりと彼の剣に行く手を阻まれたが、その狙いは正確で、明らかに市民のものではなかった。

「隊長! 奇妙な仮面の連中がこちらの兵を次々と!」

 部下が叫びを上げた方向を見ると、三つの影が確かに次々と兵士達の横を通っていた。通過した後に立っている者は居ない。

「全員、暴徒の殲滅に全力を尽くせ。奴らの相手は俺がする」

 段を降りて駆けだしたレイに直ぐその三人は反応し、一時兵士達から離れ、いくらか広い場所で彼を迎えた。

「さすがはガーデリスの懐刀と言ったところか。市街戦お手の物だろう。暗殺者の諸君」

 三人の中でおそらくリーダー格とおぼしき人物のサーベルが炎を写して煌めく。周囲には煤が舞い、空気も煙たくなってきた。

「その暗殺者の前に対象自ら姿をさらすとは愚かな」

 そう言ってサーベルが熱い空気を切り裂いた。わずか一瞬でレイとの間を詰めて首をかききろうとする。

「戦術的判断だ、よ!」

 頭を下げ、刃を逃れ、全身のバネを使って剣を振り上げる。リーダー格が後ろに跳んで、代わりに他の二人が左右から突っ込んでくる。投擲されたナイフを弾き、肉薄してくる相手を蹴り飛ばす。再びサーベルが煌めいた。今度は頭を下げて、直ぐ後ろに跳んだ。その空間にナイフが突き刺さる。

「上等だ、クソ野郎。俺を倒せると思うなよ――」

 にわかにレイの剣が青白い光を帯び、少しずつ刀身が溶け始めた。

「バルセリナの秘術! 帝国兵の貴様がそれを使うな!」

 忌々しげに言い放って再度凶刃がレイに向かって空気を切り裂く。レイはそれを受け流し、刃を返さずに、そのまま暗殺者の懐に飛びついた。剣と剣が摩擦して火花が散る。しかしサーベルの方が明らかに崩壊しつつあった。触れた場所から次々とひび割れてゆき、やがて砕け、持ち主を守る物は無くなった。レイの剣を受け流すことも出来ずに暗殺者は青白い光の前に溶けて消えた。後には蒸発した血の臭いと焦げ臭さすら残さないほど完璧に焼き切れた肉片が残るのみ。残りの二人は勝てないと判断して既に黒装束に身を包んだ身体を翻している。

「バルス! 奴を射ろ」

 民家の屋上に陣取っていたレイの忠臣は主の言いつけ通り、逃げ出そうとする暗殺者のウチ片方を射貫いた。それも正確に足を、だ。もう一人は一瞬振り返ったが、それだけで直ぐに逃げ出した。そしてその頃、ちょうど暴動も完全に鎮圧された。

「はぁー。終わったか」

 レイの握っている剣は既にただの鉄の塊と化していた。きわめて頑丈な特製の剣だったがやはり一戦が限界のようだ。

「よし、お前ら、後始末の時間だ。消火作業を開始する。ラグス! お前の班は西門に行って残りの奴らにも消火作業をするように通達してきてくれ。バルスの班は念のために生き残りが居ないかを確認。見つけ次第殺せ」

 それから二班が消火作業に回され、残りの三班が暴徒の死体を燃やす作業に掛かった。切り傷を他の市民に見せるわけにはいかないからだ。

 そしてレイはというと、足を射貫かれてどこかへ隠れた暗殺者の行方を探した。血痕を追っていけば大して難しい事ではない。その人物はある民家の中に身を潜めていた。

「舌をかみ切らないとは、覚悟が足りないな」

 逃げられないと確信した瞬間に自害する事のできない暗殺者は半人前だ。しかも今回は自分が生き残って情報を伝える必要が無い。もう一人が逃げられれば良いからだ。それなのにこいつは自害していない。

「噛みきるとも、仕事を終えた後でな!」

 その死に損ないの暗殺者は突然俺に飛びかかると懐からナイフを取り出して俺の首筋にナイフを押し当てた。だが、ナイフは俺の首をかききることはなかった。

「残念だったな。そんなただの刃物で俺の魔力を突破する事はできない」

 レイの首全体が強い青白い光に覆われ、その光が彼の首筋を守っていた。暗殺者の突き立てたナイフはグニャリと押しつぶされ、柄の付いた金属の棒に成り下がった。レイは暗殺者が動く前にそのナイフのなれの果てを奪って猿ぐつわのように相手の口にあてがった。暗殺者は拘束され、民家から出て広場に戻ってきた頃には死体の処理も終わり、順次消火作業に移行していた。


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