北の大罪人Ⅱ
みじけぇーーーなんなんだよ俺の小説は!
誓歴2305年十月二十日
サルマトレ市長は執務室に届いた書簡を読み切り、深いため息をついていた。
書簡の内容は帝国からの降伏勧告で、降伏しない場合は都市を包囲し、兵量責めを行うと書かれている。が、その一方で降伏すれば略奪はしない。市の方針に口を
挟まない。などなどかなり寛容な条件が提示されている。中でも市長が目を引くのは最後の項目だ。
"降伏勧告を受け入れる場合、責任の追及はしない"
つまり誰かを責任者として全ての責任を押しつける必要は無いと言う事だ。今回の場合それは彼自身である。
元々サルマトレは帝国に刃向かう気など毛頭無い。第二皇子からの支援金があった為に表向きだけでも体裁を整えただけだ。この都市にとっては支配者が誰であろうがどうでも良い。交易による利益が損なわれなければそれで良いのだ。バルセリナという国は元々そういう風潮が強く。王家も商人や農民の利益を阻害するような事をしなかったからこそ長きにわたり一つの王朝が続いたのだ。
もう一度市長はため息をついた。何をするかは決まっている。降伏だ。では何が彼を苦悩させているか?それは書簡の差出人の名前が原因だ。
「レイ・・・」
そこにはかつて同じ村で育った友の名があった。
誓歴2305年十月二十四日
サルマトレに帝国旗が高く掲げられ、閉ざされていた城門が開き、それまで募っていた憂鬱とした空気が嘘の様に消えた。
だが唯一、重い空気の立ちこめる場所がある。市役所だ。
俺と市長は五年ぶりの再会を果たした。
「良くもまぁ、生きてたもんだなお互い。」
俺と彼は村を襲撃された時以来、連絡を取れず終いだったのだ。
「そうだな・・・何故だ?何故お前は帝国軍に居る?両親や兄弟に反対されなかったのか?」
「全員死んだよ。生きてるのは俺だけだ。」
「そ、そうか・・・すまない。だがなおさらそうだ。何故?」
かつては、そう遠い昔は友だった。だが、五年間も会わなければ友情はどうしても薄れる。特に、他人の心配などしていられない状況だったのだから。故に俺はこいつの利用法を考える。いくら人手が少なくなったとはいえこの年で市長になるという事は相当優秀なのだろう。部下に出来ればかなり得だ。
「何故?・・・何故俺が帝国軍に入ったかだと・・・逆に聞くが、王家が俺達開拓民に何をしてくれたと言うんだ?」
「それは・・・」
「あの反吐のでる姫君が北になど来なければ俺は今こんな事をしていない。慎ましくとも家族と過ごす事ができたはずだ。この戦争だって起きてはいない!」
しばらくこいつは黙っていた。俺は早く答えろという風に拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「レイ・・・俺はお前がただの農村の子供だった頃からお前の事を知っている。だからそんな権謀術数を巡らすのはよせ。これでもこの歳で市長になった男だぞ。」
「!・・・気付いていたのか」
「それで、本心はなんだ。まさかこの後に及んでまた嘘をつく気か?」
「・・・分かった。良いだろう。話してやる。だがな俺がバルセリナを祖国として見ていないのは本当だ。俺は・・・」
その時、俺は心に揺らぎを感じた。これで本当に良いのか?本当に俺がしたい事はなにか?
「俺は帝国を俺の物にしてみせる。」
「ほぉ、ではあの帝国の姫と婚約する気か?」
「最終的にな。」
「そんな男をバルセリナ人が許すと思うか?」
「当たり前だ。バルセリナ人が皇帝となれば、バルセリナの生活が豊かになると思うに決まってるだろうが」
市長は大きなため息をつき、呆れたような哀れむような見下すような、少なくとも間違いなく負の感情の籠もった目で俺を見つめた。
「レイ、人はそれぞれ思考するのだ。いくら教養がなくともお前がただの成り上がりだと皆気付く。お前自身、教養があるとは言えなかったのにここまで上り詰めたんだろう?お前は俺もお前もどれほど賢しく策を弄したところで所詮はその他大勢である事を自覚しなくてはならない。」
「その他大勢だと?下らん。何の力も持たない農民などが気付いたところでどうなる。奴らは少額の補助金でも出しておけば大人しくするではないか。もし反発するようなら鎮圧してしまえば良いだけだ。そうだろう?」
「汝、末永く国を治めたくば、民を一に考えよ。これすなわち政の基礎なり。国の政治に関わる物なら全員が知っている偉大な学者の言葉だ。そんな風に民をゴミと同等にしか思えん奴など、王はおろか将にとて成れわせん!」
視界がぐるぐると回る。極度の緊張状態に成るといつもこうだ。思考がまとまらない。物事に集中できなくなる。
「俺には民をそれ程までに重視する訳が分からん。もし本当に民が重視されるべきならば、何故!俺の両親は死んだ。何故!俺の兄弟は異国の地で死ななくてはならなかった!」
「それは・・・」
「答えろ!答えてみろ!そして俺を納得させてみろ!」
「・・・ならお前は自分と同じ境遇を他の者にも味会わせたいと、そういう事か。」
「なんだと、話しをずらす気か!」
「そうではないか。貴様が治める国は民の事など顧みず、国のためなら民などいくらでも犠牲にするのだろう?」
俺が怒鳴って反論しようとした時。廊下から大きな足音が響いてきて、一人の役人がノックもせずに入ってきた。
「た、たっ、たっ、大変です!暴動が!市民が大挙してこちらに向かってきます!」
俺と市長は一様に顔を蒼白に染め、頭を抱え込んだ。
特に書く事ありませんが、北の大罪人は次で終わると思います。