武者と亡国の姫
誓歴2305年9月1日
「ん?」
どうやら朝のようだ。
窓の外を見るともう既に市場が活気づいている。
少し寝坊したか?
起き上がりベッドから出ようと立ち上がった時、一瞬だけ全身が光る。
まだ寝ぼけているのか?
気が抜けると魔力が表に出てしまう人間はそこら辺にもいくらか居る。だが彼が特別なのはその量だ。
普通の人間は表に出ると言っても体の一部、魔力を良く具現させる部分に限る。
ところが彼は全身から魔力が具現する。故に余りある魔力は強大な壁となって術者の体を保護してしまう。誤ってその状態で握手でもしようものなら相手の手を砕くことになる。
支度を調えると、彼はこの帝都の大通りに向かった。
今帝都は帝国生誕五周年記念式典の真っ最中だった。大通りの店は競い合うように鮮やかに飾り付けられ、道の中央には真っ赤なカーペットが敷かれている。
ほとんどの者がこの日を待ちわびていた。帝国民は晴れやかな祝いの日として、被征服民は年に一度王家が顔を出す暗殺の機会として・・・
ラインペッツ帝国の王家専用馬車にこの日を最も嫌う人物が居る。
「このカーペット、私には国民の血で染めた布きれにしか見えぬ。」
帝国第三皇女レイネルド・ラインペッツだ。そしてその隣に控えているのが
「そう仰るならご自分でこの帝国を変えてみてはいかがですか?」
王家親衛隊6番隊隊長フィラーネ・イリアノ。声には皮肉も何も含まれていない。
「上の兄姉と同じ事を私にせよというのか?」
今この国は表面上平和だが跡継ぎ問題で揉めている。最年長の姉が次男の兄と結託し、正統な王位継承者である長男の兄を蹴落とそうとしているのだ。だが兄も帝国の重鎮や弟妹を味方に付けて対抗している。このままではおそらく内戦に発展するだろう。
「私めは何があろうとあなた様の命令通りに動きます。」
何とも頼もしい人形だと思った。
「少なくとも今しばらくは中立であろう。物事は焦ってもうまく進まぬ。それにしても」
そこで一度息を吐き出して吐き捨てた。
「なんとつまらぬ宴か」
次第に外を見るのにも飽きて頭を引っ込めた時、列の先頭で爆発が起きた。
何事かと再び頭を出すと前から武装した男達が次々と兄姉をその刀の餌食にしてこちらに向かってきているのだ。
「フィラーネ!逃げるぞ!」
自分でも生き生きとしているのを自覚した。馬車を降りて適当に魔力で応戦する。長くて動きづらいスカートを引き裂いて動きやすくする。直ぐ近くに来た男達を親衛隊に足止めさせながら馬車の後ろにしまってある籠手を取り出して填めた。真っ白なその籠手を魔力を流して変形させ、剣の形にする。足を光らせて親衛隊を置いて襲撃者を切り伏せていく。一人、二人、三人、四人、五人そこからは数えなくなった。切り伏せていく内に残りがリーダーと思しき女だけになった。
一気に近づいて上から切り下げる。向こうも反応して回転しながら避けて私の脇に刀を振りかざしてくる。身をよじって刃から逃れ、反撃に移る。が今度は敵の刀に阻まれた。
「随分とできるようになったのう、亡国の姫!」
仮面を着けていて相手の表情を読み取ることはできない。
「アンタの腕が落ちたのよ!」
だが声には確実に感情がこもっていた。
その後もお互いに斬り合うものの一向に決着がつかない。
そんな中で一つ気がかりなことがあった。フィラーネ達がいつまで経っても追いついてこないのだ。
まさか敵にフィラーネ以上の強者でも居るのか?
その時・・・
「姫様お逃げください!」
フィラーネが直ぐ近くの店に吹き飛ばされてきた。
「フィラーネ!」
彼女の無事を確認する暇は無かった。貴族が舞踏会で着けるような派手な仮面を着け、派手な蒼と金の服にマントの男が斬りかかってきたのだ。とっさに剣で防ぐ事しかできない。
「くっっ」
私ですら耐えかねて吹き飛ばされてしまった。意識が失われていくのが分かる。
最後に視界に入ったのは仮面の男の嘲笑を浮かべた口だった。




