その壱拾七
慶一郎も動きを先読みして矢を射るも、与次郎は巧みに馬を操り射線に決して身を乗り出さず、一手を失うことになっても慶一郎が決して反撃できない間を支配し続けた。
「どうした、時間稼ぎのつもりか? 儂に小細工が通用すると思うなよ?」
嘲笑いながらも、決して油断すること無く与次郎は着実に慶一郎に一撃を重ねていく。
どれもこれも致命の一撃を何とかかんとか紙一重で見切り続けるも、細かい傷が刻み込まれていった。
「大口叩いた割りには何も出来ぬでは無いか! まあ良い、師弟の義理だ。苦しまずに逝かせてやろう!」
与次郎はついに体勢を崩した慶一郎に決めの大技を叩き込む。
「それを待っていたぞ!」
慶一郎はにやりと笑い、まるでそこに槍が来るのを知っていたかのような動きで軽やかに避けると弓を身体の真後ろに隠すように構え、そのまま一気に振り上げる。
「弓で虎乱だと? 儂を舐めておるのか!」
与次郎は慌てること無く、振り下ろした槍を勢いの儘再び掲げ上げ、渾身の力で振り下ろした。
「誰もただの弓だとは云っていない!」
大きく軌道は弧を描き、その勢いの儘弓の先端が分離し明後日の方向に飛んでいった。
瞬時に何が起きたのかを理解した与次郎は、槍の軌道を慶一郎の弓の先端にあわせ、弾き返す。
「弭槍、だと?!」
「誰もただの弓だとは云っていなかったんだがね」
にやりと笑い、慶一郎は反対側の鞘も外す。「さて、仕切り直しといきましょうか、御師匠様」
舌打ちしたい気分を堪え、与次郎は再び間合いの支配を開始した。