その壱拾弐
「さっきも云ったが、現状師匠が切れる手札の中で最高の役を切っている。あの人はあれで予想外の一手を打てない人だからな。少なくとも師匠は【奥之院】に居る。俺達を誘い込む罠かも知れないが、師匠さえ抑えれば、この中に上様が居なくともこちらに勝ち目が見える。どちらにしろ、【奥之院】に行かねば始まらぬよ」
慶一郎は冷静に状況を推察して見せた。
「そうか。もう一つ聞いておきたいことがある。あんたの師匠は、俺達が来ると読んでいると思うか?」
「間違いなく。準備万端、入り口で待ち構えているだろうさ」
仁兵衛の問いに確信を持った口調で慶一郎は断言した。
「そうか。弟子であるあんたが云うなら、そうなんだろうな」
疑うことなく、仁兵衛はそれを受け入れ、柱を丁寧に手で触る。「勝てるか?」
「さて。そいつは自信ないな。なんやかんや云って、今では兄者に劣るとは云え、間違いなく東大公家屈指の兵法者な訳だ。今の俺で手が届いているかは怪しいところだな」
多少考える顔付きを見せ、慶一郎は苦笑した。
「助太刀はいるか?」
珍しく自信を感じさせない発言を聞き、真面目な顔で仁兵衛は提案する。
「それこそいらんお世話だ。俺が俺の力で勝たないと意味が無い。それに、今回は別にあの爺をどうにかしなくとも、上様を救い出せばそれだけで勝ちなんだ。お前さんは無理せず、上様を救い出し、どうにか爺を出し抜いて逃げれば良いだけさ」
慶一郎は強い意志を込め、力強く拒絶してきた。
「気軽に云ってくれるな。当主格を数人出し抜かねばならないというのに」
低い声で笑いながら、仁兵衛は幾分か楽しそうに呟く。
「何、お前さんだからこそ頼めるってもんだよ、相棒。他の奴なら頼んだところで無駄だろうしな」
再び柱を一回りして、慶一郎は溜息を付く。「なんと云うか、もう少し真面目に冒険者をやっているべきだったか」