その六
「何、通って良いって云うんだ。罷り通ろうぜ」
あっけらかんとした表情で慶一郎は返事をすると、扉を開け放ち【奥之院】があるとされる場所へと足を踏み入れた。
暫し中と長谷川を代わる代わる見ていた仁兵衛だが、意を決したのか、長谷川に一礼してから中へと入っていった。
「長谷川さん、何で見逃したんですか!」
一方、若い男は長谷川に食って掛かっていた。
「主筋の方を守るのが我らの使命であろうが」
晴れ晴れとした表情で、若い男を諭す。「生きている内にあの様な貴人と出会えるとは思わなんだ。何と表現して良いのか、武骨な儂には言葉が思いつかぬ」
「御乱心召されたか?!」
若い男は声を荒立てる。
「ふむ、お主、雷文公様の逸話は知っている方か?」
何かを悟ったかのような静かな心境で長谷川は若い男に質問した。
「え、それなりに、ですが」
怖ず怖ずと若い男は口を濁すかのように返事をする。
初代東大公頼仁の逸話は山のように有り、全てを網羅するとなれば一生涯、話の収集に従事してやっと覚えられるかどうかといったところである。彼が知る限り、長谷川喜助はかなり詳しい方であり、東大公家への勤王の意志も又それに比例して強い人物であった。
「そうか。それでは、山小人より献上された三振りの武具の話は知っておるかの」
「まあ、その程度ならば」
長谷川の問い糾してきた内容が初代様の中でも一二を争うほど有名な逸話で有り、彼自身も武人としてその武具に興味を有していたため、人並み以上に知っていることに安堵を覚える。




