その参
兵四郎の絶叫を聞きつけ、傘下の者は慌ててその元へと駆け寄ってきた。
声を掛けようとする者もいたが、兵四郎の鬼気迫る表情と低い唸り声のような聞き取れないほどの小声による呟きに恐れをなし、その場で凍り付いた。
誰もが知っていた。
この老将が最も東大公家に篤い忠誠心を寄せる忠義の士であることを。
誰もが知っていた。
この老将が見かけ以上に怖ろしい驍将であることを。
そして、知らぬ者はいなかった。
現内親王、皇光に対して最も愛情を注いでいる守り役であることを。
「やってくれた、やってくれたのお」
漸く聞き取れるぐらいの音量になったその呟きは、その場にいる誰しもを恐怖に陥れるには充分なぐらい強い怨嗟にまみれていた。
「善くも儂を出し抜いてくれたのお、舐めくさってくれたのお。久々じゃあ、儂がこれほど怒りを覚え、腸が煮えくり返るのは久々じゃあァッ!」
その絶叫は山々を駆け巡り、怒りは寝ていた鳥たちを怯えさせ飛び立たせた。
恐れおののく部下を後目に、
「貴様ら、何をやっている!」
と、兵四郎は怒号を飛ばす。
余りの剣幕に全員が直立不動の姿勢を取り、次の指示を待った。
「ド阿呆どもが! 姫様が攫われたのだぞ! それで惚けておるとは何事か!」
兵四郎は雷声で一喝する。「直ちに出陣じゃ! 敵は宮城にあり! ド阿呆どもに真の戦とはどういうモノか教育してやるぞ!」
その場にいる者全員が、一斉に準備に走り出す。
兵四郎は猶も低い声で嗤い続けていた。